†chapter20 人の消えた渋谷19
笠崎は両手に持つ半透明の紐を交互に振り抜き、雫を追い詰める。新しい特殊警棒に慣れていないためか、雫の動きは精彩に欠けるようだった。
しかし、心配しなくても雫なら負けることはないだろう。上条は背後から襲ってきた短髪の女を裏拳で吹き飛ばし、神林に目を向けた。あの女、頭を両手で押さえてぶるぶると震えている。先程調べたことだが、神林が弱いというのは本当のことのようだ。人を引き寄せるだけの客寄せパンダに過ぎないらしい。ということで幹部2人は雫に任せ、自分は雑魚共の一掃に尽力しよう。
ふと、横に視線を移す。校庭を疾走し、木刀を振りまくる西蓮寺の姿が目に映った。こっちも負けてはいられない。
気合いを入れ直した上条が地面を蹴った。敵の中に突っ込もうとしたのだが、すぐ目の前にある柔らかい壁にぶつかり押し戻されてしまった。何かがおかしい?
何の壁かと思い見上げる上条。その目の前にあったのは壁ではなく、2メートルはあろうかという巨漢、いやソバージュヘアの大女が仁王立ちで佇んでいた。上条の顔色が、まるで死人のように青褪める。
「お前、スターダストのリーダーだな?」
こもった声でそう聞いてくる大女。だがその時上条は、焼きそばみたいな髪の毛やなぁ。などというどうでもいいことを考えていた。これが俗に言う現実逃避である。
「俺の言葉が聞こえねぇのかっ!」
大女が腕を振る。キム子ママ級のウエスタンラリアットが上条の頭上で空を切った。反射的に身を屈め、攻撃をかわしていたようだ。
「あかんっ! キョージンみたいなパワー系かっ!?」
言葉と共に繰り出した蹴りが大女のみぞおちにめり込んだのだが、彼女は隙間だらけの歯を見せつけるように不気味に笑うばかりだ。
「何かした?」
大女は上条の足首を掴むと、そこから半回転し遠心力で簡単に投げ飛ばした。超適当なジャイアントスイング。背中を少々引きずられたが、ウレタン舗装の校庭だったのでダメージは少なかった。
「くそっ! 幹部以外にも、強い奴がおるんやな」
「お前たちとは組織の規模が違い過ぎるんだ。喧嘩を売る相手を間違えている」
大女はもう1度掴もうと、手を伸ばしてきた。上条はその手を手刀で弾き回避する。ショートレンジは危険だ。少し間合いを空けよう。
後方に下がる上条。しかし大女は前傾姿勢になると、ミサイルのような突進で下がる上条の腰に掴みかかった。地面に倒され、大女にマウントを取られる。これはまずい。腕で頭をガードする上条。馬乗りになった大女は容赦ない打撃を上から加えてきた。
必死の抵抗を試みるが、上に乗る大女はびくともしない。攻撃を防ぐことで精一杯の上条。何か突破口はないだろうか?
『暴露』の能力を使った上条の頭の中に、この女の弱点が浮かび上がった。
弱点は男性との恋愛免疫がないこと。この大女、男性と付き合ったことがないということだ。いや、何じゃそりゃ!?
だがそれを受け、1つの提案が上条の脳裏を過ぎった。絶望的、破滅的な提案。しかし、今はそれを実行するより道がないのも事実。
上条は攻撃によって近づく大女のタイミングを見計らう。右のストレートパンチを見事にキャッチすると、それを掴み手前に引き寄せる。前に傾く大女。そして空いた手で胸倉を掴むと、上条は大女に何故か熱い口づけを交わした。
生まれて初めて女の子とキスをした時、己の頭上で教会の鐘の音が聞こえたような気がしたものだが、今はただ祇園精舎の鐘の声が耳元で聞こえている。なるほど、これが諸行無常の響きというものか。
盛者必衰の理とは、盛んである者も必ず衰えるということを現している言葉。文字通り、大女の体が抜け殻のような状態になったので、唇を放した上条は大女を突き飛ばしマウントの状態からようやく脱出することができた。さすがは夢魔。悪夢のような3分間だった。
「な、な、な、何すんだ変態野郎っ!!」
大女は声を荒げる。くぐもっている声が少しだけ、高くなったよう気がしないでもない。突然の乙女心の芽生え? そんなラブストーリーは必要ない。今は争いの時間だ。
「お前、喧嘩に負けたことあるか?」
謎の質問に更に動揺が強まる大女。
「あ、あるわけがない。俺は今まで百戦百勝だ!」
「ふん。お前にとって初めての接吻もくれてやったけど、ついでやから初めての黒星もくれといたるわ!」
駆けだす上条。ぶつかり合い、2人の力比べが始まった。敢えてショートレンジの勝負だ。
「俺が力で負けるわけないだろ……」
優勢なのは大女の方だが、上条にはわかっていた。彼女の腰が引けてしまっていることに。
しばらく耐えた後、懐に潜り込んだ上条は体を沈め、相手の右腕を引き背中に乗せるように体を跳ね上げた。柔道の一本背負い投げだ。
大女の巨体が放物線を描き宙を舞う。そして「ぐぇっ!!」と声を上げ、大女は地面に横たわった。受け身はうまくなかったのか、気を失っているようだ。とりあえずは、これで1勝。
一息つき、様子を窺う上条。夢魔メンバーの半分は西蓮寺がすでに倒しており、後は残り半数と雫が戦っている笠崎と神林が残っているだけだ。
思ってた以上にしんどいな……。そう思いながら次の戦いを求める上条。しかしその時、校門の方角から騒がしい音が聞こえてきた。まずい。神林の『人寄せ』で呼んだ援軍が到着してしまったのか?
「ふふふ、やっと来たのねファーストガールズ! 早くこいつらを袋叩きにして、……って、誰よあんたたちぃ!!」
大袈裟にノリツッコミを披露する神林。それもそのはず。ぞろぞろと校庭になだれ込んで来たのは、全員男。見れば奴らは『闘神』と『トガビト』というチームのメンバーのようだ。しかもその2チームは、何故か喧嘩の真っ最中だった。『人寄せ』の能力で、近くで喧嘩していたこいつらを引き寄せてしまったらしい。
「何だここは!? 女がうじゃうじゃいるじゃねぇか! 天国かっ!?」
そう叫んだのはトガビトの幹部メンバーで『闇雲』の能力を持つ、隅田という土色の肌をした男。そしてその背後にいるトガビトの頭、清家ヨシアは、長く薄汚れた髪をかき上げ左右を睨みつけた。
「こいつら、夢魔とスターダストみたいだな。丁度いい、こっからは乱闘だテメーらっ!!」
「う、嘘やろ……?」
その瞬間、4つのストリートギャングたちが一気に混じり合い、大喧嘩が始まった。狭い都心の小学校の校庭は混沌と化した。




