†chapter20 人の消えた渋谷16
西蓮寺の運転するバイクが、道玄坂を下り渋谷駅の横を通り抜けていく。リアシートに跨った上条は、西蓮寺の腰にしっかりと腕をまわしているが、少しでも油断すると勢いで振り放されそうだ。
「あのタクシー、ジェットエンジンでも積んどるんか!?」
西蓮寺が風に逆らうように声を上げる。前を走るタクシーとの距離は、少しずつ離されてしまっているようだ。
宮益坂下の交差点をドリフト走行で左に曲がるタクシー。タイヤが擦れる不快な音が、周囲のビル群に反響する。
それを追い、明治通りを新宿方面に向けて真っすぐに走っていたのだが、どういうわけか突然バイクの速度が失速しだした。そのまま見失ってしまう超特急タクシー。
「何や、急に重くなってきたけど……?」
西蓮寺にそう言われてすぐ、上条は背後の違和感に気付いた。仄かな甘い香りと、背中に密着している柔らかい体。俺の後ろに、もう1人の誰かが乗っている。
「ミーナさん、ちょ、ちょっと停めてくれるか!?」
上条は慌てて声を上げる。弧を描くようにターンし道路脇に停まるバイク。後ろに乗っていた人物は、そこから華麗に跳び下りた。上条もすぐに足を下ろす。
「そんなに急いで、何処に行くつもりだったの?」
降りた人物が小さく口を開ける。そこにいた黒いロングコートを着た女は、あの『吉祥天女』財前ヒカリ子だった。
この女、どうやって走行中のバイクに乗ったのか? 始めはそう思ったのだが、彼女は『刹那』という僅かながら時間を止めることができるということを思い出す。極めてシビアだが、その瞬間に飛び乗ったということだろう。
「別に目的地なんてあれへん。気分転換にツーリングしとっただけやで。なあ、ミーナさん」
上条は振り返り目配せを送る。バイクから降り、サイドスタンドを立てる西蓮寺。
「せなや。あんたこそ何の用や? 悪いけど私はあんたとは遣り合えへんで」
「遣り合う? 比べられていたあの頃だったらまだしも、『オーバーキル』の能力を封印されてしまったあなたとは、私も戦う気がしないわねぇ」
不敵に笑う財前。
「だったら、何の用なん?」
「忠告をしにきただけよ。あなたはわかっていると思うけど、私の仕事は殺し屋。雇い主である松岡千尋の邪魔をするなら、命の保証はできないわよ」
それだけ言うと、財前は幻でも見ていたかのように、ぱっと目の前から姿を消した。時の流れをも操作する、本当に恐ろしい能力。
「……遣り合うつもりやったら、命懸けろ言うことか。上等やないか!」
拳を強く握る上条。一方、西蓮寺は肩の力を抜き、うなじに手を当てた。
「けど、あのタクシーは完全に見失ってもうたな。あれに夢魔のメンバーが乗っとったんやろ?」
「そうや。ちょっと、うちのメンバーが夢魔の奴に拉致られてもうたんや。自力で脱出できればええねんけどな」
「拉致? そうやったんか、すまんなぁ……」
それが己の罪であるかのように委縮してしまう西蓮寺。
「ミーナさんのせいやあれへん。それにあのタクシー、足跡残しとるから、それを辿って行けば大凡の場所には辿りつけるかもしれへん」
上条は目の前にある神宮前交差点に目を向ける。その道路の中央には、ドリフトで付いたであろう真新しいブレーキ痕が、右に向かって曲線を描いていた。
「とりあえずはブレーキの痕が続いている方に曲がって、それが無ければ真っすぐに進む。これであのクレイジータクシーの行き先は、ある程度特定できそうやろ?」
上条は自信満々にそう言ったが、西蓮寺は懐疑的な目をしている。
「まあわからんけど、それしか方法はないなぁ」
再びバイクに跨る西蓮寺。上条もすぐに後ろに乗り込んだ。ブォーンという爆音と共に、マフラーから白い煙が上がる。そしていざ走り出そうとしたその時、交差点の右から追いかけていたあの超特急タクシーが、法定速度を若干超える程度の速さで目の前を通過していった。
「あのタクシーってもしかして……?」西蓮寺もそれに気付く。
「せやな。けど、ドライバー以外は誰も乗っとらんかった。夢魔の奴、右に曲がってすぐのところで降りとるんやないかな」
自然と笑みが浮かぶ上条。天は我を見捨てなかったようだ。
「これは不幸中の幸いや。そこ曲がった表参道の辺りを、しらみ潰しに探してみよか」
信号が青になると同時に走り出した2人を乗せたバイクは、対向車を無視して一気に交差点を右に曲がっていった。




