†chapter20 人の消えた渋谷15
『ハーピー』の能力を持った須賀が翼に変化させた腕を広げ、スピーカーと照明がぶら下げられた天井付近から滑空してきた。
「馬鹿と煙は高い所が好きっていうしね」
瞳孔を細めた『ハーフキャット』の能力を持つ溝畑は、天井を見上げ目標の位置を定めるとホール中央の円形舞台に跳び上がり、そこから更に高く跳躍した。
空中で交差する2人の亜人。天井から降下してきた須賀は、下から跳び上がった溝畑によって左の翼を深く引き裂かれた。狐色の羽根が花火のように派手に飛び散り、宙をはらはらと舞う。
「まあ、高い所は私も嫌いじゃないわ」
フロアに着地する溝畑。手の先から伸びた爪がきらりと光る。
「本当に腹立たしい野良猫でしゅ! 夢魔を辞めても尚、私たちの邪魔をしてくるのでしゅね!」
「別に夢魔にいた時は、邪魔なんてしてないでしょ。あんたたちが勝手に私たちに張り合ってくるから、少し大人しくして貰ってただけじゃない」
そう言って再びぶつかり合う、溝畑と須賀。その奥では、乙村と間々田も激しい戦闘を繰り広げている。だが力は、ほぼ互角のようだ。
「糞っ! 直ぐに決着は着きしょうにないでしゅね。もう交渉は決裂でしゅ。笠崎はその人質を連れて、一旦、神林しゃんのところにでも行きなしゃい!」
須賀にそう言われると、笠崎は拓人とエリックの腰に繋がれた半透明の紐を持ち強く引いた。
「エレナさんと乙村さんが、千尋さんに弓を引くとは思いませんでした。残念です」
身を屈め、間々田の飛ばしたアイスピックをかわす乙村。
「そう。けどこっちとしても、まさか絢香がこの2人とつるんでるとは思わなかったわ」
そしてそのまま床に手のひらを合わせると、ステージの上にいる笠崎の足元から3体の黒い影が姿を現した。
「別につるんではいません。少しお手伝いをしていただけです」
笠崎の手のひらから、半透明の紐が長く伸びる。その紐は意思があるかのように自由に動くと、3体の黒い影の首に巻きつき、きゅっと締め上げた。
その攻撃により力を失った3体の影が、溶けるように地面に消えていく。この笠崎という女の能力は『束縛』。捕らえることに特化した能力のようだが、その実、戦闘力もそこそこ高いようだ。
乙村の攻撃をいなした笠崎は、拓人とエリックを引き連れ、そのままステージ袖に履けていく。
「上条圭介、ここは私たちが引き受けた!」
「あなたは早く、笠崎を追いかけなさい!」
溝畑と乙村の2人は宝塚歌劇団、花組のポーズっぽい体勢で見得を切った。思いっきり無駄なアクション。
「助かる。ほんなら、後は頼んだで!」
ステージに向かって走り出す上条。須賀と間々田がそれを阻止しようと横槍を入れてきたが、即座に反応した溝畑と乙村がそれぞれその攻撃を防いだ。一見、無駄にも見えたポージングだったが、一応攻撃にはしっかり備えていたようだ。ふざけているようで、2人ともさすが戦闘慣れしている。
女たちの戦う声を背後に聞きつつ、上条はステージの袖から舞台裏を走った。遠くにエリックの後ろ姿が見えるが、結構な全速力で駆けている。あの半透明の紐で捕らえられると、術者である笠崎の言いなりになってしまうようだ。すぐに追いつくかと思ったが、意外と厳しいかもしれない。
後を追い、裏口から外に出る上条。左右を見ても拓人たちの姿はない。見失ってしまったが、Club Sanctuaryの構造は前回来た時に、ある程度把握している。敷地内から出るには正面の門を越える以外、方法はなかったはずだ。
足はもうぱんぱんだったが、最後の力を振り絞り正門側に全速力で回り込む。そこに3人の姿はなかったが、その代わりSanctuary前の細い道路に1台のタクシーが停まっていた。
しまった。まさか、あのタクシーに乗られたのか?
その場で後輪を滑らせ、ぐるりと方向を転換するタクシー。前方の窓から頬り出されていた運転手の右腕が、こちらに何かを伝えるように親指を立てた。サムズアップという、ハンドサイン。
すると次の瞬間、そのタクシーはマフラーから真っ赤な炎を上げ、デロリアンの如く走り去っていってしまった。
呆然とする上条。あれはいつぞやの超特急タクシーではないか。車に乗られただけでも追うのは困難なのだが、あのタクシーで逃げられたとなると最早八方塞がり。あれを追いかけるのは、現代の科学では不可能に近い。
「困っとるみたいやな」
棒立ちになっている上条の背後から、耳に懐かしい関西弁が聞こえる。振り返るとそこには、深紅のタンクが目に留まる大型のバイクに跨った西蓮寺美奈が佇んでいた。
「ミ、ミーナさんっ!!」
「後ろ乗り。あのタクシー捕まえたらええんやろ?」




