†chapter20 人の消えた渋谷07
「あー、目がチカチカする。酷い目におうたわぁ」
エレベーターの扉が開き雑居ビルの4階に辿り着いた上条は、両脇に抱えた雫と西蓮寺を乱雑に下ろした。非常事態だったとはいえ、人2人抱えた状態でよくここまで辿り着いたもんだ。火事場の馬鹿力というやつかもしれない。
しかし雫と西蓮寺の2人は、気を失っているかの如くリアクションがない。とりあえず店まで戻って来たので、店内にあるリクライニングチェアにでも寝かせようかと入口に近づく上条。しかしそれより早く、中にいた瀬戸口が何か奇声を上げながら扉から出てきた。
「あんた、何普通に入ってこようとしてんのよっ!!」
それぞれメーカーの異なる消臭スプレーを二丁拳銃のように持った瀬戸口は、目の前にいる上条に向かっていきなりトリガーを引いた。
「うわっ、何すんねん! 止めろや、瀬戸口!」
「止めるわけないでしょ! 消臭、除菌、ウイスル除去! 消臭、除菌、ウイルス除去!」
悪霊を払う陰陽師よろしく呪文を唱え、何度も何度もスプレーを噴霧する瀬戸口。上条の短い坊主頭がしっとりと濡れてきた。
やがて気が済んだのか、スプレーする目標を変える瀬戸口。びちゃびちゃでもはや目も開けられぬ状態だからわからないが、恐らく今度は雫と西蓮寺にかけているのだろう。
「瀬戸口、俺らが臭うのようわかったなぁ」
目の周りの薬液を手で拭き取る上条。接触する前から消臭スプレーを準備していたということは、こんなところまで臭いが届いていたのだろうか?
「わかるわよ。ずっとここのパソコンでライブ観戦してたんだから」
そう言いながらスプレーボトルのトリガーを何回も引く瀬戸口。しかしもう空になってしまっているようで、両方ともカスッカスッという音を空しく出している。
「ああ、そういえばツカサちゃんが空から動画を配信しとったんやったな。で、あの子はどこいったん?」
上条が尋ねると、瀬戸口は消臭スプレーを持ったまま己の鼻を摘まんだ。
「ツカサもあのチャラそうな男が尻出した後、臭い臭い言いながらどっかあさっての方に飛んでったわよ」
どうもあの臭いは上空まで漂っていたようだ。恐るべき無差別殺傷能力。
「まあ、無事ならええんやけど、その前にエリックのことチャラい言うなや」
「エリックぅ? それ尻出しチャラおとこの名前?」
モニターで観ていた瀬戸口は、あれが誰なのか理解していないようだ。
「お前、エリックのこと知らんのか? さっき尻出してたんは、あの有名なFAKE LOTUSのボーカル、鈴江リクだったんやで」
「ふーん。フェイクロータスのボーカルかぁ」
何の感情も浮かんでいない表情だった瀬戸口だが、小さく「あ」と声を上げると、目を見開いて何度か小さく頷いた。
「えっ、ガチでエリック? ウチ、すげーファンなんだけど?」
「ファンならすぐに気付けや」
「いや、エリックが尻出すと思わないし。っていうか、エリックって亜種なの? あれ一体何の能力?」
瀬戸口の質問を受け、今度は上条が「あ」と声を上げる。あまりの臭さに、どんな能力なのか暴くのを忘れてしまっていた。これは不覚。
「凄い臭いしとったから、ラフレシアか何かの能力ちゃうか?」
「何、ラフレシアって?」
「東南アジア辺りに咲いとる、でっかい花の名前や」
上条がそう言ってやると、瀬戸口はどこか納得したように何度も頷いた。
「ほー、花の亜人ね。確かにエリックに似合って華麗な能力かもしれないわね」
「華麗な能力ねぇ……」
上条はラフレシアの造形を頭に思い浮かべる。毒々しい朱色をした、巨大で肉厚な花弁。この地球上で最も華麗という言葉が似合わない花だ。
「何か文句あんの?」
「いや、文句はあれへんけど、やっぱり華麗と言ったら、さっきの財前ヒカリ子の能力やろな」
上条は彼女の能力についてはぬかりなく暴いていた。その能力の名は『刹那』。
「財前って、黒コートの殺し屋の女? あいつ何なの? モニターで観てたら、瞬間移動しながら移動してるように見えたけど……?」
本家『瞬間移動』の能力を持った瀬戸口が不服そうな顔で言っている。あれだけ何度も瞬間移動を使っておいて、平然とした顔をしているのは納得がいかないのだろう。
「瞬間移動しとるように見えたやろ? けどちゃうねん。あいつはテレポーテーションやなくて、時間を僅かに止めて、その間に行動をしとったんや」
『刹那』の能力は、50秒の間に僅かに2秒だけ、時間を止めることができるのだ。この世の法則をも歪めてしまう、神レベルの能力。
「と、時を止める……。マジで?」
これには同じく強力な能力を持った瀬戸口も、文字通り開いた口が塞がらなくなった。




