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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter20 人の消えた渋谷
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†chapter20 人の消えた渋谷06

 その雑居ビルの階段を駆け下り狭い玄関口を抜けると、大きな道路が目の前に広がった。建物から出てきて初めて気付いたのだが、ここはルミネマン渋谷やタワーレコードなどが並ぶ、俗に言うファイヤー通りと呼ばれる所だった。

 そして左斜め方向に走る西蓮寺さいれんじの姿。雫が戦っている渋谷モディがあるのは、このはす向かいだ。


 「いずれとは思っていたけど、意外と早く会えたわね」

 声が聞こえてきたので足と止めると、ラティス状の柵に這う観葉植物で緑色に彩られた渋谷モディのエントランス前に、3人の女がいることに気付いた。先程も確認した夢魔サッキュバス会長の松岡千尋と、『吉祥天女』財前ヒカリ子。それとニット帽を被った小顔の女。恐らくその女が、松岡の『魅了』の能力で心を奪われたALICEアリスのメンバー、FCこと嶋村唯だと思われる。


 「私としては遅いくらいだけど」

 そう啖呵を切ったのは、その3人の視線の先にいるもう1人の女。勿論それは、天野雫だ。彼女は薄笑みを湛え、真っすぐに走り出した。


 西蓮寺と上条もそれに合わせて走ったのだが、その激突には間に合わない。特殊警棒を持った雫の一撃が、平然と立つ財前に襲いかかる。


 「えっ?」

 動向を見守りながら走っていた上条は、一瞬我が目を疑ってしまった。

 確実に当たると思っていた雫の攻撃だったが、財前は目にも止まらぬ動きでそれを避けると、あっという間に特殊警棒を打ち下ろす雫の背後に回り込んでいた。

 「スピードに自信があるみたいだけど、私の前ではそれは無意味な物よ」


 背後を取られた雫は歯を食いしばりながら、反転するように今一度特殊警棒を振り抜く。だがその攻撃も財前の持つ日本刀の鞘で簡単に防がれてしまった。


 「速度も力も私の下位互換ってとこかしら。『黒髪』の名を名乗るなら、もう少し頑張ってほしいものだけど」

 そう言い終るや否や、財前は目前にいる雫を数メートル程吹き飛ばした。だが財前は何もしていない。ただ向かい合ったその時、一瞬の煌めきと共に雫は背中の方向に吹き飛んでしまったのだ。


 「……くっ。何なの、その攻撃?」

 雫はその不可解な攻撃に困惑しているようだ。無理もない。見ると財前はいつの間にか抜いた刀を右手に握っていた。電光石火の速度で刀を振ったということだろうか?


 「その警棒で攻撃を防いだのね。意外と良い反射神経だわ」

 財前は刀を両手で持ち下段に構えた。しかし倒れている雫はダメージが大きいのか立ち上がることができない。


 このままでは雫が殺されてしまう。慌てて地面を蹴る上条。しかし次の瞬間、一足先に駆けつけた西蓮寺が背後から木刀で財前の肩を打ちつけた。店から出ていく寸前に手に取った1メートル程の木綿袋に入っていたのは、どうもこの木刀だったようだ。


 攻撃を受けた財前は、肩を押さえゆっくりと振り返る。危機的状況は未だ変わらない。

 「あら、あなたもしかして『羅刹天らせつてん』じゃないの?」

 財前に言われると、西蓮寺は苦虫を噛み潰したかのように顔の左半分を歪めた。

 「ああ。あんたとこんな形で会うことになるとは思わへんかったわ。吉祥天女……」


 互いの顔を確認し様子を窺う、財前と西蓮寺の2人。知りあいのようだが、どういう関係なのだろうか?

 

 「羅刹天は殺し屋稼業を辞めたらしいね」

 「辞めるも何も、あたしは元々殺し屋なんかやない。あんたみたいな野蛮人と一緒にしてほしないわ」

 西蓮寺は冷たい言葉を吐くが、財前は薄く目を瞑り微かに笑みを浮かべた。

 「そう、警察に牙を抜かれたっていうのは本当だったのね」


 張り詰めた空気が、首を動かすことすら躊躇ためらわせる。しかし身動きが取れない上条とは対照的に、西蓮寺は細い目を開くと木刀を上段に掲げ袈裟に振りおろした。そしてそれと同時に、雫も財前に襲いかかる。

 前後からの攻撃だったが、財前は落ち着いた様子で刀を鞘に戻すと、瞬時に横方向に移動した。タイミングを外され、互いにぶつかり合う雫と西蓮寺。今の動きは瀬戸口の使う『瞬間移動』のようでもあった。しかし瀬戸口と違い、財前は息一つ切らしてはいない。やはりこの女は化け物か。


 上条の背中に冷たい汗が落ちる。ここはひとつ、自らが囮になって皆を逃がすのが最善だろうか?

 上条は『暴露』の能力で財前の能力を暴いたのだが、その瞬間彼女には勝てないだろうと悟ってしまった。しかし相手は殺し屋。逃げることすら命がけだ。


 上条が未だ動けないでいると、突然その背後で松岡が奇妙な叫声きょうせいを上げた。

 「い、いやー! エリック様だわ! 財前、彼を捕まえてーっ!!」


 エリック?

 振り返ると、そこには本当に『FAKE LOTUSフェイクロータス』のボーカル、鈴江リクが立っていた。『スモーキー』から逃げていったはずなのに、まだこんなところにいたのか?


 「クソッ! 折角ここまで逃げてきたのに先回りされたかっ!!」

 倒れている間々田ままだを見ると、エリックは舌打ちした。だがどちらかというと、先回りされたのではなく、彼が勝手にここにやってきたような気がする。まあ、今はそれどころではないのだが……。


 エリックの前後の逃げ道を塞ぐ松岡とFC。渋谷モディ前は丁字路になっているのだが、もう1つの逃げ道の方向には、能力を使っていつの間にか移動した財前がゆらりと立ち尽くしている。

 何で追われているのかは本当にわからないのだが、エリックは今最大のピンチを迎えていた。


 「何なんだよ、お前らは! 本当に悪質なファンだな!」

 「ふふふ。私たちはあなたの全てを欲しいのよ、エリック様」

 艶のある笑みを湛え、前から松岡が歩み寄る。この女、FAKE LOTUSフェイクロータスのファンだったのか? 逃げ場のないエリックは小さく震え、歯を食いしばった。


 「そんなに欲しいなら、こいつをくれてやる! バクテリアの宝庫、コモドドラゴンの口臭!!」

 追い込まれたエリックは突然大きく口を開くと、火でも吐くかの如く息を吐き出した。


 目の前にいた松岡はその行動に呆気にとられていたが、すぐに手で鼻と口を押さえると涙目になりながらその場にうずくまった。

 「ヤバイッ、吐く吐く! 何なのこの臭いっ!!」


 よくはわからないが、松岡はエリックの口臭を嗅いで苦しんでいるようだ。今も「歯ぁ、取り換えたい! 歯ぁ、取り換えたいっ!!」と叫びながらえづいている。歯を取り変えたいというのはおおよそ理解できない感情だが、どうも臭いの最上級を松岡的に表現した言葉らしい。


 謎のバイオテロを前に、二の足を踏む財前とFC。何故かエリックはその隙にズボンとパンツを下ろし尻を丸出しにすると、まさかの女豹のポーズをとった。

 「お前らはこれでも喰らえ! シマスカンクの硫化水素臭っ!」


 そしてエリックの尻から飛び出す謎の液体。その直後、辺りは地獄絵図と化した。


 「うわっ、何や!? 臭っ! な、涙が止まれへん!!」

 遠くで見ていた上条だったが、まるで腐った玉ねぎと焦げた古タイヤと焼肉を食った翌日のおっさんの臭いを濃縮させたような何とも言い難い悪臭のせいで自然と涙が溢れ出てきた。これは催涙ガスか?


 「ハハハッ! 釣りはいらねぇぜ!」

 この悪臭の中、すっきりとした表情でその場を立ち去るエリック。前後にいた財前とFCは勿論、少し離れたところにいら雫と西蓮寺も地に伏せ悶絶している。強烈過ぎるイタチの最後っ屁。


 涙を拭い、鼻と口を押さえる上条。しかしこれは、逃げるチャンスでもあるのだ。

 息を止め走り出すと、倒れる雫と西蓮寺をそれぞれ両腕に抱え、そのまま踵を返しそこから走り去った。

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