†chapter20 人の消えた渋谷01
「はぁ、しばらくは無職やなぁ」
上条圭介は、入口のガラス戸に貼ったA4サイズの紙を見つめため息をついた。そこには「12月10日から無期限の休業になります。まことに申し訳ございません」と明朝体で書かれている。つまりカフェバー『スモーキー』は本日からいつ明けるとも知れない長い冬休みに入るのだ。
「それも仕方あれへんけどな」
ガラス戸から外に目を向ける上条。細い路地とはいえ、普段なら人の通りが途絶えることなどないのだが、今日は朝から一般人の姿を確認していない。それこそ、B-SIDEとスコーピオンの連中が数人で小競り合いをしているのを目撃したくらいだ。
「戦争がこのまま終らなかったら、この店も潰れちゃうかもね」
通っている高校が臨時休校だったためにこの店に立ち寄った天野雫は、甘いココアを飲みながら辛辣な毒を吐いた。
「そんなこと言うたら、学校かてどうなるかわからんで。今日は休校やったけど、このままやったら前倒しで冬休みになるとちゃうんか? 戦争終わらんかったら学校も再開できひんで」
上条が言い返すと、雫は両手で掴んでいたマグカップを静かにテーブルの上に置いた。
「それは不要な心配。この戦争、年内に蹴りをつける」
力強い雫の言葉。しかしスターダストのエースはあくまで山田拓人だ。蹴りをつけるのは彼に譲って欲しいところ。
「ちょっと待ってんか、雫ちゃん……」
「わかってる。『帝王』鳴瀬光国は山田くんに任せるから」
雫はそう言って、温かいココアをゆっくりとすすった。そこを理解してくれているなら、一安心だ。後は存分に力を発揮して貰うとしよう。
「雫ちゃんがそこを承知してくれて助かったわ。後はどこでどんだけ暴れてもオッケーやで」
上条が指でオッケーサインを出した直後、人通りを確認できなかった入口の前に急に若い男が現れた。そして彼は、音も無くガラス戸を開けると、素早く店内に入り込んできた。
「追われてる。匿って欲しい!」
アイメイクを施した端正な顔立ちのその男は、息を切らしながらそう懇願する。
「誰に追われてるんや?」
上条は聞いたが、アイメイクの男は答えもせずに厨房の奥に駆けこみ隠れてしまった。
まあ、こんな状況なので助けることはやぶさかではないのだが、追っている相手次第ではこちらも火の粉が掛かる程度では済まされないので慎重にならざるを得ない。
上条はとりあえずガラス戸から外を覗き込んだ。すると扉の反対側からもこちらを覗きこむ顔がヌッと現れる。ティアラのような豪華な髪飾りをつけた、大きな目が特徴の女だ。
「うわっ! びっくりしたっ!!」
上条が身を引くと、ガラス戸の外にいた大きな目の女が、扉を開け放ち店の中に入ってきた。
「失礼する。私は夢魔のクレストガールズ、間々田菜々だ。単刀直入に聞くが、今この店にエリックが来ただろう。大人しく差し出しなさい」
「エリック……?」
その名を聞いて上条は思い出した。先程来たアイメイクの男は、人気バンド『FAKE LOTUS』のボーカル、エリックこと、鈴江リクだということに。
何故そのエリックが夢魔に追われているのかはわからないが、彼らをプロデュースしている朝比奈雄二郎とは知らない仲ではないから、ここは助けてあげたほうが良いのかもしれない。
何のことを言っとるんや? 上条はそう言おうとしたのだが、それより先にカウンターの隅でじっとしていた雫が伸縮式の特殊警棒を伸ばし、間々田に襲いかかった。
「グホッ!」
特殊警棒で脇腹を殴られた間々田は、大きな目を更に見開き嗚咽を上げる。
「断ると言ったら攻撃してきそうだったから、こちらから攻撃しました」
雫はその先制攻撃について説明する。理にかなっているのかどうかは、良くわからない。
「お前は『黒髪』……。何でこんなところに?」
脇腹を押さえた間々田は、空いているもう片方の手を高く掲げた。すると店内にあるフォークやスプーンなどの食器や小さな金属製品が宙に浮かび、そして彼女の手の上に集まりだした。鳴瀬光国のような能力。
上条は『暴露』の能力で間々田の能力の詳細を暴く。彼女は手のひらの中に電磁波を発生させ、金属を自在に操ることができるらしい。
「雫ちゃん、そいつは磁力を操作して金属を操る能力みたいや!」
「磁力操作?」
雫が浮かぶ金属製品に目を向けると、間々田は色気のある顔で目を細めた。
「そう、私の能力は『マグネティズム』。この店のシルバー類は全て私の武器になるのよ!」
間々田の左手の上に浮いていた金属の塊が、勢いよく雫に向かって飛んでいった。白く光る鋭利な食器。しかし雫が前に向かって手を伸ばすと、飛んでいった金属たちは全て手のひらの前で弾かれてしまった。これは雫の持つ『同調』の能力で、間々田の『マグネティズム』をコピーしたということ。
店内に散らばる沢山の金属製品。どこでどれだけ暴れてもオーケーとは言ったが、まさかこの店の中で暴れるとは思っていなかったので、上条は堪らずに閉口する。
「磁力操作……。めんどくさいけど面白い能力ね」
雫は大して面白くも無さそうな顔でそう煽ると、落ちていたテーブルナイフを磁力で浮かび上がらせ、そしてすぐに地面に落とした。




