†chapter19 冬告げのエトランゼ25
水に浮かぶようにアスファルトから上半身だけ体を出している那智。以前、宮下公園でも目撃しているが、彼は『融合』という能力を持っていて様々な物体と混ざり合うことができるのだ。恐らく今のこの状態は地面と一体化しているということ。
そして白線で縞模様がペイントされているアスファルトから、那智は絞り出されるように姿を現す。地面との一体化はこれで解除されたようだ。
「中々、面白い戦いだったぜぇ」
「お前はまだ生きてやがったのか!」
東は息も絶え絶えにそう叫ぶ。辻堂との戦いでだいぶ疲弊しているようだ。
「少し疲れたんで、地面の中で休ませて貰ったんだ。ヒィヒィヒィ」
那智はそう言って、肩の関節を鳴らす。満身創痍の東と、体力を温存していた那智。これでは勝負にならなそうだ。
「地面の中でしばらく見させて貰ったが、お前の『激情』とかいう能力は中々面白そうだ。俺が使ったらどんな化学反応を起こすだろうな?」
那智は碌に身動きの取れない東に接近すると、無理やり抱きついた。この光景も見覚えがある。那智は亜種と融合し、そいつごと能力を乗っ取ることができるのだ。
「ぐわっ! 気持ちわりい。やめろっ!!」
東は抵抗したが、それも空しく那智の体にまるごと吸収されてしまった。
そしてしばらく呼吸を荒くした那智だったが、落ち着いてくると永い苦しみから解放されたような恍惚の表情を浮かべた。
「何だ、この能力は……? 世界がクリアになっちまった」
その時になり、交差点の端で気を失っていた辻堂が、ようやく立ち上がった。
「テメー、俺と東の喧嘩に横槍入れてんじゃねぇよ!」
だが、その声は那智の耳には届いていないのか、彼は口を半開きにしたまま星の無い夜空を見上げてしまっている。
「聞いてんのかっ!!」
声を上げ突っ込んでくる辻堂。しかし激突の瞬間、那智は裏拳を放ち、タックルしてきた辻堂を軽く跳ね飛ばした。
「アドレナリンの大量分泌……。ヒィヒィヒィ、頭ん中がフィーバー状態。最高の気分だ」
その後も生き残っているスコーピオンやB-SIDEのメンバーが次々に襲いかかったのだが、『激情』の能力を使う那智は、その全てを返り討ちしてしまった。
「残るは雑魚ばかりか。渋谷の攻略も簡単に終わっちまいそうだ」
のそのそと歩く那智。そして彼の目の前には油坊主の虫々コンビが倒れている。
「おおおぉ、お前らそういえばやられちまってたのか? こんな奴らにやられちまって悔しいだろ。俺は悔しい。本当に悔しい。こんなチャラついた連中に喧嘩で負けるとかおかしいだろ。いや、ありえない。こんなことは、完全にあってはならないんだっ!!」
急に怒りを爆発させる那智。どうも感情が不安定になっている。
「おい。お前は俺が相手してやる!」
その時、薬品店の前で梶ヶ谷を介抱していた蛭川が遂に声を上げた。満を持しての参戦。遅いくらいだが。
「まだ動ける雑魚がいたのか。丁度いい」
那智は膨れ上がった怒りの矛先に、蛭川を選んだ。しかし彼は、足を怪我しているようだったが大丈夫なのだろうか?
「丁度いいのはこっちの方だ。俺の原罪を、お前にも味あわせてやる!」
蛭川が手を伸ばし那智にかざすと、何か激しい金属音のようなものが交差点に響いた。これは蛭川の持つ『ヘッドクエイク』の能力。意図的に他人を頭痛にすることができるのだ。
「うげぇえ! 何だその能力は……。おえーっ!!」
突然の頭痛に耐えかね嘔吐する那智。口から吐瀉物を吐くと共に、那智の体から東正親が排出された。あっさりと仲間の救出に成功。思っていた以上に蛭川はできる男だ。
「くそっ、こんな最高の能力、手放してたまるか!」
今一度、東との融合を試みる那智。しかし、再び蛭川のヘッドクエイクを喰らい、失敗に終わった。
「よくも邪魔を……。だったらテメーの能力から奪ってやるよっ!!」
標的を変え、今度は蛭川に襲いかかる那智。ヘッドクエイクで反撃を試みるも間に合わずに抱きつかれてしまった蛭川は、那智の体に一気に呑み込まれてしまった。
ゴクリッと息を呑む那智。
「ヒィヒィヒィ……。これでお前らの頭を……」
蛭川と融合した那智はふらつく足取りでそう言ったのだが、再び嘔吐してしまい、その時一緒に蛭川も体から排出された。
「ふっふっふっ、馬鹿め。この能力は術者自身も片頭痛に犯されるっていう大きなリスクがあるんだよ。俺の背負った原罪は、お前みたいなヘタレに耐えられるような痛みじゃねえんだっ!」
蛭川自身も頭を押さえそう啖呵を切る。そうヘッドクエイクの能力には、高頻度で起こる片頭痛という副作用があるのだ。アドレナリン大量分泌で快感を得ていた東の能力に比べると、正に天国と地獄。まあ、東の能力も常態化すると、それほどの快感は得られないのだろうが。
その東がゆっくりと立ち上がり、跪く那智の目の前に立ちはだかった。
「那智、お前は渋谷を支配できる器じゃねえ。この街のことを知りもしない部外者がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!!」
東は那智の横っ面を思い切り蹴り飛ばした。激情の能力で力が上昇しているためか、ビニール人形の如く軽く吹き飛んでいく那智。そして地下鉄の入口の壁に激突すると、鈍い声を上げ意識を失った。
「決着がついたか……」
拓人がそう呟くと、後ろからやってきた何者かがその横を通り過ぎ、そして交差点に向かって歩いて行った。
「くくくくく。正親、やっぱりお前は強いな」
それは他でもない、B-SIDEの朴潤一であった。
交差点に入ってくる朴を、東は落ち着きを取り戻した顔で見ている。東は朴のことを古い知り合いだと言っていたが、今でも繋がりがあるのだろうか?
「スコーピオンの内部分裂の話は聞いている。だったら正親、お前もB-SIDEに来い。俺らと一緒に渋谷で天下を取ろう」
朴の三白眼を細め、その表情を緩める。
東は口を閉じたままその場に立っていたが、近くで聞いていた蛭川が腕を掲げ怒りの声を上げた。
「勝手なことを言うな! 誰のせいでこうなってると思ってんだ!」
どうも彼らの話を聞いていると、スコーピオンの内部分裂はこの朴潤一に原因の一端があるようだ。元々東と顔見知りだった朴が梶ヶ谷鉄二の彼女を襲ったことで、東と梶ヶ谷の間に深い溝ができたということが推測できる。
そしてこの状況で、東は一体どのような行動を取るのか?
拓人が固唾を飲んで見守っていると、東は『ヘッドクエイク』を使おうとしている蛭川の手を優しく遮った。
東と蛭川が一言二言、何かを話している。ただし小声で言っているため、こちらには聞こえてこない。
話を終えた東は、蛭川の後頭部に手を触れると精悍な顔つきで朴に向かい合った。
「東、お前の力が必要だ」
手を差し伸べる朴。東は軽く微笑み近づくと、いきなりフルスイングで朴の顔面を殴り飛ばした。勢いよく交差点を転がっていく朴。元より黒目の小さかった三白眼が、完全に白目になっている。これまた1発でノックアウトしたようだ。
「悪いな朴。俺の仲間はここにいるスコーピオンの連中だ。俺は梶ヶ谷と2人で力を合わせ渋谷を制覇する!」
内部分裂中だったスコーピオンは、東の宣言を受けここでようやく1つになる。そしてそれはB-SIDEに対する宣戦布告であった。スコーピオンのメンバーが歓喜の雄叫びを上げ、B-SIDEのメンバー側からは怒声が鳴り響いた。
この日の争いはこれで終結したが、これが後に『SHIBUYA SCRAMBLE』と呼ばれ語り継がれるようになる冬の戦争の始まりになった。
―――†chapter20に続く。




