†chapter19 冬告げのエトランゼ21
時刻は午前0時45分。普段ならまだ多くの車が行き交う時間帯だが、この日のスクランブル交差点は人の壁によって通行が妨げられ、通ることができなかった。
これは派手な喧嘩になりそうだ。
野次馬に紛れて、拓人は閉鎖されたスクランブル交差点の中の様子を窺った。油坊主の連中はまだ来ていないようだが、すでに集まっているスコーピオンと、この辺りをテリトリーにしているB-SIDEのメンバーが睨み合いになっている。
そんな一触即発の状況の中、突然中心部で、銃声のような大きな炸裂音が鳴り響いた。
周りから人が離れると、死神を思わせるような黒いコートを着た男がそこに姿を現す。男は右手に持った拳銃を空に向けて構えている。拳銃といってもSF映画に出てきそうな、ゴツいおもちゃの拳銃だ。
「今日はお前らと喧嘩しにきたわけじゃねぇが、争う理由がないわけじゃない。昨日ウチのメンバーが世話になったみたいだからな」
黒コートの男はおもちゃの拳銃を前に向ける。銃口の先にはB-SIDE副長の辻堂辰也がいた。
「昨日の件に関しちゃ、こっちもはらわたが煮えくり返ってんだ。言葉には気をつけろよ、梶ヶ谷」
辻堂も低い声で威嚇する。あの黒コートの男はスコーピオン副長の『魔弾』梶ヶ谷鉄二のようだ。初めて見るが、モデルのような長身で辻堂に負けない威圧感がある。
「テメーらのことなんざ知らねぇんだよ。黙ってウチの蛭川、ボコった奴を差し出せ。居るんだろ? 朴潤一!」
梶ヶ谷の声が交差点に大きく響く。だが、朴は姿を現さない。
「朴のことぶん殴りたいのは、お前の私怨だろ。前の女襲われたこと、まだ根に持ってんのか?」
辻堂が煽ると、梶ヶ谷は問答無用に拳銃の引き金を引いた。銃声が鳴る。どう見てもおもちゃの拳銃だが、真正面から弾を喰らった辻堂はラリアットでもされたかの如く音を立てて地面に倒れた。そしてそれをきっかけにスコーピオンとB-SIDEの大乱闘が始まってしまった。
「梶ヶ谷の『デッカードブラスター』は、相変わらずスゲー威力だな」隣にいる若者がそう言った。
「あんなもん喧嘩に使うとか無茶苦茶だけどな。ガハハハハッ!」
連れの男もそう言って笑う。野次馬たちは遠巻きに見ているせいか、格闘技の試合でも見ている感覚のようだ。危機感がまるでない。
拓人は一度スマートフォンの時計を確認する。時刻は午前1時を過ぎていたが、未だに油坊主の連中は姿を見せない。もしかするとこれも那智の作戦なのだろうか?
「亜種同士の喧嘩で能力を使わない理由はないだろ」
その時、スコーピオンの蛭川がそんなことを言いながらその場に現れた。どこか痛むのか、足を引きずるように歩いている。
拓人はスマートフォンをポケットの中にしまった。
「おお、お前は喧嘩に参加しないのか?」
「参加したのは山々だが、この様だ。標的が現れるまでは少し休ませて貰ってる」
蛭川はそう言って、梶ヶ谷をディスっていた若者を睨んだ。『ヘッドクエイク』を使ったわけでもなさそうだが、若者2人は蛭川の着ている血しぶきがデザインされたトレーナーに目をやると、ばつが悪そうにすごすごと引き下がっていった。
「標的って、那智秀樹のことか?」
「まあ、そうだ。けど俺をこんな目に合わせた朴潤一もただでは済まさん」
「朴か……。あの銃持った奴も叫んでたな。何か因縁でもあるみたいだったけど……」
「ああ。あの下衆野郎は、昔、梶ヶ谷さんの元カノ襲って暴行しようとしたことがあるんだよ」
蛭川は語気を強める。どうやら朴は、スコーピオンにとって倒さねばならね忌敵のようだ。
「けどもう1人の副長、東正親は朴と古い知り合いだと言ってたけど、あれはどういうことなんだ?」
「そう。梶ヶ谷さんの元カノ襲った朴が、東さんが昔通ってたテコンドー道場の仲間だったから話がややこしくなってるんだ」
蛭川は頭を押さえる。また彼の頭痛の種を増やしてしまったようで、何だか申し訳ない。
「じゃあ、スコーピオンの内部分裂は朴に原因があるってことか」
拓人がそう言うと、蛭川は怨めしげな顔でこちらを睨んだ。
「まあな。当時所属していたファンタジスタから脱退させられた朴は、渋谷からも姿を消し、梶ヶ谷さんも東さんも一応表向きは不破さんの元で和解したみたいだけど、結局不破さんが引退したらこの有様だよ。そもそもその事件が無くても仲は良くなかったからな」
その時、交差点の中心で獣のような唸り声が鳴った。見るとそこにいる辻堂辰也の頭から角が生え、化け物のような姿に変化していた。
「ふーん。あいつも亜人系だったのか」
拓人が言うと、蛭川は両手を頭の脇に並べ人差し指を立てた。
「『ミノタウロス』だよ。牛頭、人身のバケモンだ」
辻堂が牛の怪物に化けるとB-SIDEの全体の士気が上がり、拮抗していた戦局が徐々に動き出した。
「『冬将軍』大関も『帝王』鳴瀬もいないけど、B-SIDEの方が優勢になってきたな。大丈夫かお前ら?」」
「こっちもまだ梶ヶ谷派のメンバーしか集まってないからな。これから東派の連中が来れば、一気に形勢逆転するだろう」
蛭川はそう口にすると、ふと天を見上げた。「その前にあいつらが来ちまったみたいだけどな」
合わせて拓人も首を上げる。夜空に浮かんでいる薄茶色の大きな塊。数回の瞬きの後気付いたのだが、それはこの季節にありえない山繭蛾の大群だった。
「うわっ!!」
突然襲来した巨大な蛾に、怯む都会の若者たち。蛾の群れは人が離れた交差点の中心に一度飛来すると、そのまますぐに八方に散っていった。そして蛾の群れの中から現れる3人の男と、不吉な引き笑い。
「ヒィヒィヒィヒィヒィ! 待たせちまったな、渋谷のチンピラどもっ!!」
そこにいたのは、那智秀樹率いる『油坊主』のメンバーだった。




