†chapter19 冬告げのエトランゼ10
『疾風』の能力を持つ拓人は、100メートルの距離を5秒足らずで駆け抜けることができる。しかも、息1つ切らすことなく。
常人では考えられない速度で走る拓人は、駆け抜ける風と共に一気に公園管理室の目の前までやってきた。拓人がゆっくりと足を止めると辺りにつむじ風が起こり、乾いた枯れ葉がそれに乗って大きく舞い上がった。
「意外と早く会えるもんだな」
管理室入口の前に立つ男が、笑みを浮かべながらそう言ってきた。モード系マッシュヘアーの男。それはB-SIDEメンバーの朴潤一であった。
拓人は乱れた髪を掻き上げ、管理室を睨みつけた。その目の前に立つ朴の三白眼とも視線がぶつかる。
「大関夏生は中にいるのか?」
そう口を開くと、管理室の中から何かが倒れるような大きな音が聞こえていた。大関が暴れているのだろうか? 嫌な予感が脳裏に浮かんだその時、朴はこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
流れるような美しい動作。拓人は避ける間もなく飛び蹴りを頬に喰らってしまい、気付いた時には膝が地についていた。
「大関くんは今、忙しいから、特別に俺が相手してやる」
朴は片膝を上げ、独特の構えを取る。今にも蹴りが飛び出しそうな好戦的な構え。黄の話によると、朴はパルクールの実践者としてかなり高い能力を持っていると言っていたが、それだけでなく格闘技も何かかじっているようだ。
拓人は痺れる左頬を押さえ、力強く立ち上がった。
「ここで戦争を起こすのが鳴瀬の狙いなのか?」
朴はスコーピオンの蛭川に手を出した。そして今、大関がファンタジスタを潰そうとしている。もはや戦争を回避することは不可能だろう。
「くくくくくっ。別に鳴瀬さんの考えじゃねぇ。この街が戦争を渇望しているだけだ」
朴は右手を差し伸べてくる。格闘家がよくやる儀礼的な挨拶のようだ。
いきなり人の顔を蹴っておいて、挨拶もないだろ。拓人はその手を叩き返すつもりで拳をぶつけようとしたのだが、朴は逆にその手を掴むと強引に引き寄せ、ほぼ密着するほどの距離で天を突くような垂直の蹴りを放ってきた。
スニーカーの裏が顎に直撃する。目眩を起こし膝が崩れかけると、朴の連続回し蹴りが2発、頭部に激突し、拓人はそのまま地面に卒倒してしまった。
「つまんねえ罠に引っ掛かるなよ」
そう言って朴が「くくくく」と笑うと、突然公園管理室の扉が激しい音と共に吹き飛んでいった。
辛うじて意識のある拓人は地に伏せながらもその扉に目を向ける。破壊された扉から大男が1人、姿を現した。上手く視点が定まらないが、あれは恐らく大関夏生だろう。
何かを引きずりながら、大関は管理室から外に出てくる。
「あれ? 風使いが倒れてる。朴がやったのか?」
「ああ、どんだけ強い奴かと思ってたが拍子抜けだ。これで俺は本当に幹部にして貰えるのか?」朴は大関に言う。
「さあ? それは、鳴瀬が決めることであって、俺じゃないんだな」
大関は引きずっていたものを前に放り投げ、尻をぽりぽりと掻いた。
「うっ!」
投げられた緑色の物体が苦しげな声を上げる。拓人は霞む目を細めその物体を確認した。アイスグリーンの髪にライトグリーンの服。それは間違いなくファンタジスタ代表の黄英哲だった。
「だけどこれから戦争になるだろうから、手柄のチャンスは他にいくらでもあるんだな」
大関はそう言って朴の肩を叩いた。
「まあ、こんな奴を倒して幹部にして貰ったところで、嬉しさは半減だけどな」
朴は止めだとばかりに倒れる拓人に対し、側宙からのアクロバティックな蹴りを打ち下ろした。ガッと音が鳴り、踵が地面に突き刺さる。攻撃は不発。拓人は無意識の内に横に回転し、その攻撃を避けていた。
「何だ? 往生際が悪い野郎だなぁ」
朴が立ち上がると、拓人も合わせて体勢を整えた。
「そんなクソみたいな戦い方で勝った気でいられるとは、めでたい奴みたいだな」
「あぁ? ルールを守って正々堂々ってか? めでてぇのはどっちだ。俺らは喧嘩しに来てんだよ!」
強く啖呵を切った朴が、体を右に反転させる。回し蹴りだ。
鞭のように滑らかな曲線を描き脚が襲いかかってきたが、拓人は風に揺れる木の葉の如く僅かに体を傾け、その攻撃をかわした。宙を蹴った朴はそのままバランスを崩し尻もちをつく。
「小蠅みたいにブンブン飛び回る雑魚だな。大関の前にてめえを肉塊にしてやるよ」
いつにない激しい口調で朴を煽る。この時拓人は、自分の中で起きている変化に気付いていなかった。
「ほう、それがお前の本性か? 面白い。だったら本気のお前をここで叩き潰してやる」
朴は再び攻撃の構えと取ると、細い舌で上唇をペロリと舐めた。




