†chapter19 冬告げのエトランゼ09
先程の朴の言葉通り、のんべえ横丁の中程に横たわる人の姿がある。
顔から血の気が引いた拓人は駆け足で近づいた。狭い路地の片隅で倒れているのは、やはり蛭川英二だった。左の頬を腫らした痛々しい姿だったが、拓人に気がつくと何故か照れるように薄笑いを浮かべた。
「へへへっ。だせぇ姿、見られちまったな……」
意識があることにほっとした拓人は、その傍らにしゃがみ込んだ。
「お前、大丈夫なのか?」
「ああ、つまんねえ喧嘩を買っちまった。頬が痛いけど、そのおかげで頭痛が感じにくいから、返って都合がいいよ」
蛭川は横になったままで虚勢を張る。
「そんな状態で強がられてもな……」
拓人が手を差し伸べると、それを見た蛭川は痛みに耐えるような顔で2、3度瞬きをした。
「それよりお前、早くさっきの管理室に戻れ。俺のせいでやばいことになりそうなんだ」
「何だよ、やばいことって?」
そう聞くと、蛭川は一瞬視線を反らし、そして奥歯を噛みしめた。
「B-SIDEは、ファンタジスタを潰すつもりだ」
ファンタジスタを潰す? 黄はB-SIDEの鳴瀬光国に対し、もし渋谷で戦争が勃発したとしてもファンタジスタは争いには参加しないということを宣言していたはずだが……。
「一体、どういうことだ?」
「俺が公園管理室から出てきたところをB-SIDEの奴に、見られてたみたいなんだ。事実上B-SIDEの支配下にあるはずのファンタジスタの拠点からスコーピオンのメンバーが出てきたのを理由にして、奴らはファンタジスタを一掃するつもりだ」
拓人は静かに息を呑んだ。
「B-SIDEは始めからそのつもりでファンタジスタを監視してたのか?」
「さあな。ただB-SIDEとしては、渋谷の東側にも睨みが効かせられる宮下公園は真っ先に手中に収めたい場所なのかもしれないな」
蛭川の言葉を聞き、拓人の脳裏に先程の朴と大関の顔が過ぎった。大関が言った「遊びに行く」という言葉は、つまりそういうことなのだろうか? しかし、たった2人の人間に潰されるほどファンタジスタは弱くない。
「黄くんたちだって、戦ったら相当強いはず。いくらなんでもそう簡単には潰されないだろ?」
蛭川は横になったまま、小さく首を横に振った。
「管理室に向かったのは、あの『冬将軍』と恐れられる大関夏生だ。冬場のあいつはガチでキョージンクラスだ。例え相手が『神童』黄英哲だとしても、まともに戦えば圧倒的な力の差で大関が勝つだろう」
キョージンと聞いて、拓人は顔から血の気が引く気がした。
「お、お前も大関にやられたのか?」
そう聞かれると蛭川は、悔しげに頬を揺らした。
「いや、俺は朴潤一の野郎にやられたんだ。少し油断したが、あいつも十分強かったみたいだ。まあ、俺のことは心配しなくていい。さっき犬くんと連絡が取れたから、もうすぐ来てくれるはずだ。だからお前は早く黄のところに行け!」
「別にお前の心配はしてねえよ。まあどっちにしろ、犬塚が来るなら会いたくないから俺はもう行くぞ」
拓人はそう宣言して立ち上がった。視線の先には宮下公園の入口がある。
「それでいい。とりあえず大関とは戦うな。黄たちを連れて、どこか安全なところに逃げろ」
非壮感を漂わせる蛭川は、願うような、命じるような口調でそう言ってきた。
「わかったよ」
安全なところか……。衝突する三大勢力。戦争はもう始まっているのかもしれない。この渋谷に安全な場所なんて果たしてあるのだろうか?
拓人は倒れる蛭川を置き、大関と朴のいる宮下公園に戻って行った。




