†chapter19 冬告げのエトランゼ03
犬塚は拓人と目が合うとチッと舌打ちを鳴らした。
「またお前らか……」
「またとは、失礼な言い草だな」
仁王立ちになった拓人は、攻撃を備えるようにどっしりと構える。厄介事が増えそうな予感は奇しくも当たってしまったわけだが、キョージンに比べればこの2人の出現など、取るに足らないものだ。
「おー、スコーピオンの2人やんけ。お前ら大丈夫なんか?」
手すりに寄りかかったままの上条がそう聞くと、犬塚は額にある大きな火傷の痕に手を触れた。
「大丈夫とはどういうことだ?」
「そら当然、内部分裂の話や」
上条は言う。そういえば以前、スコーピオンは元総長、不破征四郎の下に2人の副長がいて、その2人があまり仲がよくないという話を聞いたことがある。どちらが新しい総長になるかで、揉めているということだろうか?
「お前らもそこにつけ込んで、スコーピオンに喧嘩売るつもりか?」
案の定、犬塚は攻撃態勢に入るが、上条に戦うつもりはないらしく手すりから動こうともしない。
「は? 何を言うてんねん。そもそも因縁つけてきたんは、お前らの方やろ?」
THE 正論。だが正論を言って納得をするような奴なら、街のチンピラはやってない。一色触発の空気。
「犬くん、今はこいつらの相手してる場合じゃないって」
そこで、黙っていた蛭川が己の頭を押さえながら間に入ってきた。相変わらず能力の副作用で片頭痛が酷いらしい。
不服そうな顔を浮かべつつも、犬塚は蛭川の言うことに従う。仲間に対しては以外と素直だ。垣間見せる可愛らしい一面。芸能人の不倫報道くらいどうでも良い。
「何、急いでんだお前ら?」
大して興味もなさそうにそう聞いたのだが、その気持ちが伝わってしまったのか犬塚は何も答えない。だが、立ち去る直前に振り返ると、犬塚はこう聞いてきた。
「ところでお前ら、『パコ』って奴のこと知らないか?」
「パコ?」
何やらお菓子のキャラクターのような可愛い名前だ。凶悪な顔をした人間から発せられたとは思えない言葉の響き。しかし、残念ながらそんな可愛らしい名前の人物に心当たりはない。拓人は上条に目を向けるが、彼もまた知らないのか首を捻った。
「知らんなぁ。どんな奴やねん?」
「知らねえんだったら、別にいいんだ」
犬塚はそう言い残すと、蛭川と共に宇田川交番方向に歩きだした。
「あ、お前ら、そっちは行かねぇ方がいいぞ!」
拓人はそう忠告したのだが、彼らは言葉を無視して行ってしまった。まあ、何か悪さをしているわけじゃないから、キョージンに捕まることもないだろう。
「なんや、あいつらピリピリしとったな」
上条はそう言って笑い、手すりから離れた。何が嬉しくて笑っているのかは、さっぱりわからない。
「そうだな。今話した感じだと、内部分裂につけ込まれて誰かに喧嘩売られてるみたいだったけど、それが『パコ』って奴なのかな?」
パコ。それだけ聞くと、可愛らしい女性をイメージしてしまうのだが、果たしてそれはあだ名なのだろうか? それとも、キョージンのように本名なのだろうか?
その時、上条が「あっ」と声を上げた。パコという人物について何か思い出すことでもあったのかと思い目を向けると、彼は口を開けたまま拓人の背後を凝視していた。何だろうかと思い振り返った拓人の目に、全速力で駆けてくる犬塚と蛭川の姿が映った。そしてその後ろから迫る巨大な影。奴らはキョージンに追いかけられているのだ。
「やばいっ! 逃げろ!」
地面に座っている裕太を起こし、上条と共に反対方向に走る。くそっ、あいつら折角忠告してやったのに、何してくれてんだ。
「拓人ー! もう、走れへん。手ぇ貸してくれー!」
走り出してすぐ、後方から上条の泣き言が聞こえてきた。
「しょーがねぇなあ、全く!」
拓人は上条の手を握ると、『疾風』の能力を使い地面を蹴った。全身に風を纏い車道に飛び出した2人は、ゆっくりと走る数台の自動車を一気に追い越していく。この速度なら追いつかれることはまずないだろう。
明治通りに向けて疾走する拓人は、その時、重大なミスを犯していた。しかし何も気付かない拓人は、妙な違和感もどこ吹く風とばかりに、渋谷の街を一気に駆け抜けて行った。




