†chapter19 冬告げのエトランゼ02
「こんにちはぁ!」
上条が交番の中に向かって挨拶する。しかし誰もいないのか返事はなかった。
「あれ? 留守みたいやな。とりあえず中で待たせて貰おうか」
入口から覗き込んだ上条にそう言われ、拓人は鼻をすすりながら頷いた。
「そうしよう」
寒さを凌ぎたかったため、そそくさと中に入った拓人だったが、交番の中はそれほど温かくなかった。暖房もついておらず、むしろ外の気温とあまり変わらないのかもしれない。それをいち早く察したのか、裕太は中にも入らずに入口の横に座り込みゲームの続きをしている。相変わらずドライな奴だ。
「おい、拓人見てみ! 北京原人やっ!」背後にいる上条が、突然声を上げた。
「は? 何言ってんだよ?」
「いや、新しく来た警察官、北京原人やねん!」
そう言って上条は、壁に掛けられたネームプレートを指差している。何をおかしなことを言っているのだろうと思いそのネームプレートに目を向けたのだが、確かにそこには『北京原人』と書かれていた。
「えっ、何でだ!? 人の名前みたいに北京原人って書いてあるじゃん」
「何でやろな? もしかすると熊でもライオンでもなくて、ゴリラ系の警察官なのかもしれへんな」
「やめろよ、恐ろしい。何かの間違いだろ」
拓人は改めて、そのネームプレートをマジマジと観察する。
「あっ、これ違う。北京じゃなくて、北原だ」
よくよく見てみると、それは『北京原人』ではなく『北原京人』と書かれていた。何という紛らわしい名前。
「うわっ、ホンマや! 普通に人の名前やん。北原キョウト? いや、キョウヒトって読むんかな?」
「北原キョウジンって読むんじゃね?」
拓人がそう言うと、しっくりきたのか上条は強く己の手を叩いた。
「ああ、そっちかもしれへんな。……ん、キョウジン?」
その直後、交番の奥に続く引き戸が豪快に開けられた。扉の向こうには類人猿のような大男が立っている。
「キョ、キョージンやぁぁぁっ!!」
そこにいたのは、ウエスタン警備保障のキョージンだった。上条は我先に交番の外に飛び出す。拓人もすぐに逃げ出さなくてはいけない状況だったが、気が動転して足が上手く動かない。
「フーッ!」
キョージンの大きな鼻息を聞いたところで我に返り、拓人は扉の外に向かって一目散に駆け出した。
「やばいぞ! 裕太、逃げろっ!」
ゲームをプレイしていて交番内の異変に気付いてないであろう裕太にそれだけを告げ、拓人はまっすぐに逃げて行く。そして数秒の後、背後から裕太の悲鳴が聞こえてきた。すまん、裕太。大人の世界は自己責任だ。
「何で西部百貨店の警備員がこんなとこにいんだよっ!?」
100メートル程走ったところで、すぐ後ろから声が聞こえてきた。振り返るとそこには息を切らして走る裕太の姿がある。
「お前、無事だったのか! キョージンは?」
「キョージン? よくわかんねえけど、あのゴリラみたいな奴なら『幻術』相手に大暴れしてるよ」
「幻術?」
ゆっくり足を止め宇田川交番に目を向けると、幻と思われる自分がキョージンにボコボコにされてしまっているのが見えた。黙って交番に入っただけで、その仕打ちですか?
「おー、どうやら全員無事のようやな」
真っ先に逃げ出した上条が前からやってくる。このリーダーは、本当にかっこ悪いなぁ。
「無事じゃねぇよ。まだ胸がバクバクいってるし。っていうかキョージンって本名だったんだな……」
拓人は冷たい空気を肺に入れ、そして吐き出した。代々木体育館での恐怖が微かに蘇る。
「ホンマやな。俺もキョージンはあだ名みたいなもんかと思っとったわ。けどまあ、とりあえず巡査の後任がキョージンになったんを知れたのはラッキーやったわ。敵陣視察しといて正解やったな」
上条は自分の行為を100%正当化する。だが、キョージンが渋谷駅前地区担当の警察官になるのなら、絶対に噂になりどこかで知ることになるだろうから、こんな形で知る必要性は100%なかったと思う。
とりあえず落ち着いたのでほっとしたのか、上条は歩道の手すりに寄りかかり、裕太はその場に座り込み携帯ゲームを再開をし始めた。
端にいる上条は良いとして、裕太には歩行者の邪魔になるという考えは持ち合わせてないようだ。ガキは何故どこでも座ってしまうのか?
目に余る行為だったので、横に移動するように言いつけようとしたのだが、突然横から平手打ちのような怒声がぶつけられた。
「おい! お前ら、道を開けろっ!」
驚きと共に振り向く拓人。するとそこには、険しい表情を浮かべるスコーピオンの犬塚と蛭川の姿があった。




