†chapter19 冬告げのエトランゼ01
前日に比べて最高気温が10度近く低くなりますので、小春日和だった昨日から一転して季節は一気に冬になるでしょう。皆さま、温かい格好でお出かけください。と、テレビで気象予報士が言ったいたことをなんとなく思い出した。今日はそのくらい寒いのだ。
「ああ、寒い。鬱になりそうだ……」
昼下がりの渋谷の街を歩く山田拓人は、己の手に息を吹きかけた。一瞬だけ温もりが広がったが、すぐに風の中に消えてしまった。
「これが本来の気温なんや。昨日の小春日和が異常だっただけやで」
隣にいる上条圭介は平然とした顔で歩いている。何故彼は坊主頭のくせに帽子を被らないのだろう? 見ているこっちが震えてくる。
「異常でも俺はあったかい方がいいんだよ」
「いやいや、折角四季のある国に生まれたんやから、寒い冬を楽しんだらええねん。なあ裕太?」
上条はそう言って振り返るが、後ろを歩く楠裕太は携帯型ゲーム機をプレイしていて何も答えない。とりあえず四季を楽しんでいるようには見えない。
「ほら、裕太もそう言うとるやん」
「いや、何も言ってねぇし。っていうか、何でこいつが当たり前みたいに一緒にいるんだ?」
昨日も藤崎梨々香のライブを見るために一緒にいたのだが、このところ、裕太の姿を見る機会が多い気がする。何が悲しくてガキとつるんで渋谷を闊歩しなくてはいけないのか?
「ん? 拓人、知らんかったんか? 裕太はスターダストのメンバーになったんやで」
上条は普通にそう言った。大阪のおかんが子供に「今晩はカレーやで」とでも言うかの如く、普通に言った。
「マジかっ!? いいのかよ、中坊なんてメンバーに入れて!?」
拓人が大声を上げると、そこでようやく裕太がゲーム機から目を放した。
「うるせーな、僕は高校生だ! 中学生じゃねぇよ!!」
「そうなの?」
そういえば、雫と同級生である藤崎梨々香は、裕太と歳が1つ違いだと誰かが言っていた気がする。雫と藤崎は現在、高校2年生。つまり裕太は高校1年生ということだ。
「まあ、高校生には見えへんよな。未だに反抗期やし」
上条はそう言って「だははははっ」と笑ったが、裕太は仏頂面を浮かべるだけで何も言い返さなかった。
そういえば魔術師の一件で、裕太は拾ったナイフで上条の腕を切りつけ、何針か縫うほどの怪我を負わせたことがあった。そんな経緯があるので、上条には頭が上がらないのかもしれないな。拓人がそんなことを考えていたその直後、裕太は上条のふくらはぎをつま先で思い切り蹴りつけた。
「痛っ!! 何すんねん、裕太!」
「何するもへったくれもない! 反抗期だから蹴ったんだよ!」
裕太はそう吐き捨てると、またゲームに興じた。蹴られた上条は、足を押さえたままこちらに向かって何かを無言で訴えてくる。だから言わんこっちゃない。このガキに、自責の念を感じるような殊勝な心などあるはずもないのだ。
「今日は、ホントに寒いなぁ」
またしても厄介事が増えそうな予感がした拓人は深く溜息をつき、モッズコートのポケットに手を突っ込んだ。後ろを歩く裕太の携帯ゲーム機から「熱くさせるぜ」という音声が小さく聞こえてきた。
渋谷駅方面からセンター街を歩いてきた3人は、途中右に曲がり井の頭通りへと出た。左手には宇田川交番があるのだが、暫定的にそこに勤めていた警視庁捜査一課の貞清誠司が警視庁に戻って以降、後任の人材がいつまで経っても現れないため、その役割を果たせず扉が閉められた状態が続いていた。少なくとも昨日までは。
「あれ? 交番の扉、開いとるやん。とうとう誰か赴任してきたんかな?」
上条が言う。見ると、交番の扉は本当に開け放たれており、中の照明もしっかりと点灯していた。
「巡査や貞清さんの後釜か……。どんな奴だろうな?」
拓人が聞いたのだが、上条も詳しくは知らないのか首を捻った。
「さあ、どうやろな? けど並の亜種では渋谷駅前地区は務まれへんから、きっと熊みたいな大男やで」
「それはヤベーな。けど熊みたいな大男よりも、ライオンみたいに凶暴な奴の方が俺は嫌だけどな」
拓人が異論と唱えると、上条は更に言い返してきた。
「いや、それやったらカバの方が強いやんけ。百獣の王と言われとるライオンでも、カバには勝てへんねんで」
出た。こいつカバ最強説支持者だ。ウザい。なんで草食動物が自然界で最強になり得るんだよ? 食物ピラミッドがおかしなことになるじゃないか。そんな持論を脳内で展開しつつもこのままだと水掛け論になりそうなので、ここは第三者に意見を窺うことにする。
「裕太はどう思う?」
振り向いた拓人が尋ねると、裕太は不貞腐れた表情でこちらに目を向けてきた。
「そうやって熊みたいな奴だ、ライオンみたいな奴だとか言い争ってる時は、アニメや漫画とかだと逆にすげー美少女のキャラクターが登場するっていうのが相場なんだよ」
突然出た、裕太の新説。これは支持しても良いのだが、むしろ美少女出てこないフラグが立ってしまったような気がしないでもない。
「成程、美少女か。それはええな。折角やし敵陣視察やないけど、ちょっと冷やかしに行ってみよか?」
裕太の言葉を真に受けた上条は、嬉しそうにそう語る。考えなしのハッピー野郎だ。
「ああ、面白そうだし。行くとするか」
拓人は笑顔で賛同する。馬鹿め。交番に行って落胆するが良い。
この時、3人は本当に軽い気持ちで交番に向かっていた。この後とんでもない目に合うことなど、まるで予想していなかったからだ。




