†chapter18 ワンヒットの法則31
「お前ら、ホンマに悪さしに来たんやないのか?」
上条は溝畑に疑惑の眼差しを向ける。
「悪い商売はもう懲り懲り。そもそも私たちは夢魔を除名になったのよ」
「えっ、そうなんか?」
溝畑の顔を覗き込んでみるが、嘘を言っているようには見えない。続けて乙村の顔に目を向けると、彼女も真剣な表情で小さく頷いた。
「まあ、これは己で撒いた種だから仕方ない。別にお前らを恨んではいないから心配するな」
「恨んでなどいない。むしろ感謝してるわ!」
溝畑は宝塚歌劇団風にそう言うと、乙村と手を取り身を寄せ合った。
「そう、梨々香ちゃんと出会えたことに!」
そして、よくわからない謎のポーズを決める溝畑と乙村。こいつらは本当に小芝居が大好きなようだ。
「わかった、わかった。お前らはほんまに梨々香ちゃんのファンなんやな」
「当たり前じゃない。TOよ。ティーオー!」
愚問である。そんな表情を作りつつ、溝畑はできたてのステージを値踏みする。
「それにしても、折角、梨々香ちゃんのお披露目だっていうのに、こんなにも素っ気ないステージしか用意できなかったのね。前もって私に言ってくれてれば豪華な舞台にしてあげれたのに……」
溝畑が言うと、隣の乙村が深く溜息をついた。
「エレナさん、千尋さんにマンションも財産も全部没収されたのに、よくそんなこと言えま……、ギャーッ!!」
乙村は余計なことを言ったため、溝畑に顔を引っ掻かれてしまった。全く持って口は災いの元である。
「ケケケケケケケケケッ」
不気味な笑い声と共に、乙村の身体から黒い物体が排出され、そして地面に溶けていった。彼女の持つ『デコイ』の能力を囮にして、溝畑の攻撃を無効化したのだ。何度見ても気味の悪い能力である。
上条が嫌悪感丸出しの表情でため息をつくと、ステージ横に置かれたスピーカーから序曲、overtureが流れだした。そろそろ開演するようだ。
観客は10名程しか集まっていないようだが、駅前で歌っていた頃からのファンが「はいっ! はいっ! はいっ!」とコールをし始めた。盛り上げようとしているのか、ただの迷惑行為なのかはよくわからない。
そしてovertureが終わると同時に、横の暗幕の中から藤崎がステージに駆け出てきた。
「皆さん、本日はデビューイベントにお越しいただきありがとうございます! リリたんこと、藤崎梨々香です!」
最前列を陣取った古参のファンが野太い声援を上げると、それと同調するように溝畑と乙村も「リリたーんっ!!」と叫んだ。この2人、ガチヲタ勢だ。
「トークはあまり得意じゃないので、早速ですが1曲目行きたいと思います。聞いてください。『恋するスクランブル』!」
アイドルらしいキラキラとした前奏が流れる。藤崎は頭の上で手を叩き、観客を煽った。
そして歌が始まったその時、『暴露』の能力を持つ上条は、不意に気付いたことがあった。
「えっ、マジか……」
「どうかしたのか?」横の拓人が、不思議そうな顔で聞いてくる。
「梨々香ちゃん、今回のCD限りで引退する気みたいや」
「はぁ!?」
同時に振り返る上条と拓人。視線を向けられた裕太は、目を丸くして「はぁー」と息をついた。
「何だ、お前ら知らなかったのか。梨々姉のデビューに関しては、朝比奈さんが交渉してくれたんだけど、CDの発売は1枚のみっていうのが事務所との契約なんだよ」
「そうやったんか。けど梨々香ちゃんはそれで良かったんか?」
上条の問いに、裕太は眉間に皺を寄せながら頷いた。
「梨々姉も来年は受験生だから、元々アイドル活動は今年限りにするつもりだったらしいよ。3年生になったら勉強に専念するんだって」
「ふーん。まあ、自分で決めたことならええねんけどな」
目の前で楽しそうに歌う藤崎を見て、上条は頬を緩める。だが隣にいる拓人は納得がいかないのか腕を組んでムッとしていた。
「なんだよ。売れたとしても、結局は一発屋じゃないか!」
プロデューサーの朝比奈雄二郎と言えば、一発屋の金字塔だ。彼の作る曲で一発屋になることは、言わば宿命なのかもしれない。正に一発屋の法則。
「それでもええやん。大事なのは、人の心に残るかどうかやで」
星の数ほどリリースされる音楽の中で、果たしてどれだけの曲が人の記憶に残るというのだろうか? 浮き沈みの激しい音楽業界をこの先、生き残っていくということは並大抵なことではないだろう。ならば、たった1曲でも心を込めて歌い、渋谷にいる人の記憶のひだに、その歌声を刻み込んでやればいいのだ。
そして3曲を歌い終わった藤崎は、1度舞台袖にはけて行った。
「アイドルのファンはテンションが凄いんやなぁ」
上条は火照った顔を冷ますため、両手で風を送った。完全に圧倒されてしまっている。
「まあ、通行人はドン引きだけどな」
拓人に言われ、歩道に目を向ける。道行く人が、色眼鏡でこちらを見ているのがありありとわかる。
「せやな。溝畑も言うてたけど、せめてもうちょっと華やかなステージを用意できてれば、一般人も興味を示してくれたかもしれへんのになぁ」
「ステージはこれで良いんだよ。僕が朝比奈さんに頼んでわざと白一色のシンプルな舞台にして貰ったんだ」後ろにいる裕太が、そう主張してきた。
「わざと? 何でやねん」
上条が尋ねると、裕太は不敵に笑い天を見上げた。合わせて上条も首を上げる。藍色だった空が、すっかり闇の色を濃くしている。
「お前ら、良く見とけ。この張りぼての舞台が、誰も見たことないような最高のステージになるんだよ!」
裕太はそう言うと、指をパチンと鳴らした。誰もいないステージ背後の壁に一輪の真っ赤な花が咲く。そしてそれを皮切りに色鮮やかな花が次々に咲き乱れた。これは空間や建物に対してCG映像を映し出す、プロジェクションマッピングという技術だ。
そのCG映像はSHIBUYA109の象徴とも言える円柱状のシリンダーにも映し出された。高い位置から星のような光の粒が無数に零れ落ちると、その流星の海を回遊魚が群れを成して旋回しだす。
道行く若い女性たちが大きな歓声を上げた。恐らくこの映像は、少し離れた渋谷駅前のスクランブル交差点からも見ることができるだろう。若者たちが続々と109スクエアに集まってくる。車道にも人が溢れ、遂には車の通行ができなってしまった。
「ほう。裕太は『幻術』の使い方、ホンマにうまなったなぁ」
上条が言うと、拓人は驚いたようにこちらに振り向いた。
「幻術!? ああ、これは裕太の能力か……」
やがて映し出された花は弾け、回遊魚の群れが散り散りに広がっていくと、その中から衣装を変えた藤崎が姿を現した。映像と本人の姿がリンクする。
「さすがにプロジェクションマッピングなんて、やる予算がないからな。けどステージの上に人が立ってるのに、その背後の壁に映像を映し出すってのは『幻術』だからこそできる演出だろ」
裕太は得意気に前髪をかき上げる。これは彼にできる、彼にしかできない、最大の祝福に違いなかった。
ステージの上に立つ藤崎は、微かに目を潤ませながら、持っていたマイクを口元に近づけた。
「私はアイドルになることが、小さい頃からの夢でした。ただ私1人の力は本当に小さくて駅前で歌うことくらいしかできなかったのですが、応援してくる方や周りの色んな人たちに助けられて、運よくこうしてデビューすることができました。そんな皆さんに、この場を借りてお礼を言わせてください。本当に、本当にありがとうございます!」
万感の思いを乗せた感謝の言葉が、渋谷の街に響き渡る。そして、神々しく光る星のような粒が藤崎の周りから発せられると、その光の粒は映し出された壁を飛び出し、夜光虫の如く辺りに浮遊しだした。夢に見たような景色。
「これから歌う曲は、プロデューサーの朝比奈先生が作ってくれた、私のデビューシングルです」
藤崎は暮れ行く空を見上げた。一瞬とも永遠とも取れる時が流れる。観客たちはただ静かに待った。声援で彼女の涙が零れ落ちてしまわぬように。
渋谷の狭い空が、夜に向けて暗く沈んでいく。昔なら一番星が見える頃なのだろうが、今は街明かりが眩しいため星を見つけることはできない。代わりに漂う光の粒を見つめながら静かに鼻をすすると、藤崎は観客席に視線を戻した。目が少し赤くなっているが、凛と引きしまった表情をしている。
「それでは皆さん、聞いてください……。『星屑シャングリラ』!」
―――†chapter19に続く。




