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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter18 ワンヒットの法則
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†chapter18 ワンヒットの法則30

 それから数日後、その日は初冬だというのに最高気温が17度まで上がり、夕方になった今でも上着がいらないほど穏やかな空気が流れていた。


 こんな日は、街を歩く人の速度も自然と緩やかになる。上条と拓人の2人は人の流れに合わせてゆっくりと歩いていき、そして目的地であるSHIBUYA109に辿り着いた。


 「何、今頃のこのこ現れてんだよっ! お前ら大御所気取りか!」

 SHIBUYA109の玄関前にあるイベントスペースで仁王立ちしている裕太は、何故か激しく怒っていた。この反抗期真っただ中のガキは、本当にうるさくてわずらわしい。


 「イベントは4時からやろ? まだ10分前やんけ」

 上条は腕時計を確認した。時計の針は3時53分を指している。実際は7分前だが、まあ10分前と言っても差支えないだろう。


 「馬鹿だな! お前らホントくずだ。梨々ねえのデビューイベントなのに、何で手伝おうという気持ちになれないんだよ!」

 裕太はそう言って、ステージを指し示した。そう、今日はこのイベントスペース109スクエアで、藤崎梨々香のメジャーデビューイベントが行われるのだ。プロデューサーは勿論、朝比奈雄二郎。彼が所属する会社に掛け合ったら、とんとん拍子にCD発売が決まったのだという。


 上条と拓人はそのステージに目を向けた。シリンダーと呼ばれるSHIBUYA109の象徴でもある円柱形のエレベータータワーを背景に、申し訳程度の簡素なステージが造られている。無名アイドルのデビューイベントなど、こんなものなのだろう。


 「手伝うって言ったって、もうステージ出来てるじゃねえか。しょぼいけど」

 拓人が言う。自分が思っていたことをストレートに言ってくれたことに、とりあえず感謝。


 「馬鹿だな! お前らホント浅はかだ。ステージ造りも大事だけど、他にもやることは山ほどあるんだよ。あいつらを見習え!」

 裕太が反対の歩道を指差す。見ると、みくると雫の2人が道行く人にビラ配りをしていた。


 「ほう。みくるちゃんはともかく、雫ちゃんまでビラ配りしとるんか。これは俺らも手伝わなあかんな」

 「もう手伝わなくていいよ! 馬鹿どもっ!!」という裕太の罵倒が聞こえてくるが、上条と拓人はとりあえずそれを無視してみくると雫の元に近づいて行った。


 「お2人とも、ご苦労さん」

 ねぎらいの言葉を掛けたのだが、振り向いたみくるは顔を見るなりため息を漏らした。

 「全然貰ってくんないんだけど。心が折れそう……」


 「大丈夫、大丈夫。心ってのは意外と強いんや。そう簡単には折れへんよ。こういうもんは10人に1人貰ってくれれば御の字やで」

 そう言って笑うと、上条は雫の方に目を向けた。ビラを配る彼女の前には、3人の若い女性が立っている。ほら、貰ってくれる人は一定数いるもんなんだ。そんな思いで振り返りみくるに目を向けると、彼女は眉を寄せて首を横に振った。


 どういうことだろうと思い、視線を戻す。よく見てみるとその3人の女は、以前、渋谷駅前で藤崎に絡んでいたクラスメイトの伊丹たちだった。


 「藤崎さんがアイドルとしてCDデビュー?」

 伊丹は宣伝用のチラシを見て鼻で笑った。そのチラシには、アイドルらしい衣装でポーズを決める藤崎が映されている。

 「そうよ。伊丹さんたちも応援してあげてね」

 雫が無感情にそう言うと、伊丹は引きつった笑みを浮かべた。


 「応援なんてするわけないでしょ。クラスメイトがマルキューの前でこんなフリフリのキモい衣装で歌って踊ってたら、私たちは恥ずかしくて2度と渋谷の街を歩けなくなるわっ!」

 伊丹のその意見に、雫は首を傾げる。

 「そうかな?」


 「少し想像したらわかるでしょ! 私たちは明日から後ろ指を指されて、生きていかなくちゃいけないのよ!」

 そこまではっきりと言いきる伊丹の言葉を聞いた上条は、自分の感情が抑えられなくなった。

 「だー、ハッハッハッハッハッハッ!!」


 高笑いに反応して一斉に振り向く、伊丹たちと雫。全員が一様に不快そうな表情をしている。

 「キモッ! 誰、あんた?」

 真っすぐに突きささる伊丹からのののしり。心が折れそうだ。


 「キモい言うな! そもそも、お前らのキモいの基準はぶれぶれやろ。梨々香ちゃんの衣装がキモいんなら、この格好はキモくないんか?」

 伊丹に近づくと、上条はスマートフォンの画面を見せた。そこに写っているのは、以前、円山町まるやまちょうにある、Clubクラブ Sanctuaryサンクチュアリで記念撮影と称して溝畑エレナに化けた裕太を中央にして撮った、メイド姿の伊丹たちだった。

 

 一気に顔を赤らめる伊丹。ここでようやく、上条がSanctuaryサンクチュアリで会った男だと気付いたようだ。

 「じょ、冗談じゃないわ。ただのコスプレじゃない! これ以上、あなたたちに関わっていられないわっ!!」


 そう吐き捨てて、そそくさとその場を去る伊丹たち。すると後から別の女が2人、その場に姿を現した。

 「私の元部下が迷惑掛けたみたいね」

 落ち着いたトーンでそう言う、この美しい女は他でもない。夢魔サッキュバス幹部の溝畑エレナ。そして横にいるショートボブヘアーの女は、溝畑の側近の乙村おとむら香織だ。


 「うわっ、本物の溝畑やんけっ! 何しに来たんや!」

 「そう、警戒しないでくれる。別に取って食おうってわけじゃないんだから」

 溝畑はそう言って、長い舌を唇に這わせる。食べる気満々に見えますが?


 近くにいた雫が、普通に宣伝用のチラシを手渡した。それを見た溝畑と乙村の表情が甘く緩む。アイドル姿の藤崎を見て喜んでいるようだ。女性アイドルを応援する女性ファンなど珍しくもないが、その女性ファンがレズビアンだとすると話は一気にややこしくなる。


 「お前、また梨々香ちゃん誘拐する気やないやろなぁ?」

 Sanctuaryサンクチュアリで行っていたGOTHICゴシック & LOLITAロリータ NIGHTナイトからもわかるように、溝畑は完全に少女性愛者なのだろう。大人びた伊丹たちのような女より、幼く見える藤崎のような女がタイプなのは明白だ。


 だが上条の警告に対し溝畑は「するわけないじゃない。アイドルは皆のものなのよ」と、言って微笑んだ。そのいたずらな笑みが逆に怖い。

 こんなにも温かい小春日和に、鳥肌と震えが止まらなくなる上条なのであった。

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