†chapter18 ワンヒットの法則24
上条たちを乗せたタクシーは、混雑した玉川通りを車を避けつつ爆走している。
「で、追いかけたい車とかは無いのか?」
タクシーの運転手は聞いてきた。
「いや、追いかけんでも渋谷橋まで最速で行ってくれたらええんや」
何か誤解があるようなので、上条は今一度説明する。
「何だ、そうなのか。ヤクザとカーチェイスとか、ハードボイルドな展開を期待してたんだけどなぁ」
運転手は、それが至極残念であるかの如き表情でギアを操作する。これは完全にドラマや映画を見過ぎている人間が陥るの症状だ。
「まあヤクザやないけど、夢魔といざこざが起きとるんや」
「夢魔? 渋谷のガールズモッブか。そいつはつまらない。女はハードボイルドじゃないからな」運転手は謎の持論を展開する。
「つまらないとか言ってる場合ちゃうねん。女の子が1人、攫われとるんや」
上条がそう言うと、運転手の顔から笑みが消えた。
「攫われたとは穏やかじゃねえな。だが誘拐なら、何故警察に頼らない?」
彼は当然の疑問を口にする。上条の頭には四月一日のとぼけた顔が思い浮かんだ。
「いや、警察も動いとるけど、あんまり当てにはでけへんからなぁ……」
「ははは、違いねぇ。だけど気をつけろ。夢魔代表の松岡千尋って女は、最近ケツ持ちに殺し屋を雇ったっつう話だぜ」
殺し屋とは随分物騒な言葉が出てくる。最早ストリートギャングの抗争の域を逸脱してしまっているが、それが夢魔というグループならありえるかもしれないと納得してしまうのだから恐ろしい。
「殺し屋? 運ちゃん、夢魔のこと詳しいんか?」
「いや、こういう仕事していると色んな噂が聞こえてくるもんだ。お前ら、財前ヒカリ子って女、知ってるか?」
その名を知らぬ上条が首を捻ると、後部座席の朝比奈がそれに答えた。
「財前ヒカリ子って、半年くらい前に新宿歌舞伎町で事件起こした、指名手配中の女のことか?」
運転手はバックミラーで朝比奈の顔をチラリと確認すると、少しだけ笑みを浮かべた。
「そこの道、右に曲がるから、しっかり捕まってろよ」
それだけ言うと、タクシーは明治通りとの交差点に突っ込んだ。直後、進む方向は変わらずに車体だけが右を向く。再びのドリフト走行。
「おわっ!!」
身体が大きく右に傾いた。慌てて左手上部の持ち手を掴もうとするのだが、上手くいかずに運転手の肩に身を預ける。
悲鳴のようなスキール音と共に、焦げたタイヤの臭いが車内にも漂ってくる。進んでいる方向もよくわからない上条は、ただただ神仏に祈った。神様仏様、いかれたタクシーに乗ってしまった不幸な俺らを、どうかお助けください。
前方から大きな衝撃音が鳴る。目を開けると、フロントガラス越しに金属片のようなものが真上に飛んでいくのを確認した。
「アカンッ! 今、何か飛んでったぞ! 大丈夫か!?」
上条は横に傾いていた身体を起こす。その時車の進行方向はすでに安定していて、明治通りを真っすぐに進んでいた。
「やばっ! 今、少しだけ縁石の乗りあげて、バンパー吹き飛んだ。ハハハッ、ウケる!」
「何がおもろいねんっ!! ちゃんと、運転せえやっ!」
「スリルがあっていいだろ? それにしても衝撃的だったよなぁ」
車が破損しているにも関わらず、運転手は呑気な口調で言う。
「運ちゃんよりこっちの方が衝撃的やったわ。実際死ぬかと思ったし」
「いや。衝撃的だったっていうのは、半年前の事件のことさ。歌舞伎町牛耳ってた上海マフィアが、たった1人の若い女に壊滅させられちまったんだからな」
タクシーは前を走る車を1台追い抜いた。そして更に加速する。
「マフィアを1人で壊滅? どんだけやばい女やねん」
上条は己の顔から血の気が引いていくのがわかった。デーンシングとやりあったばかりだというのに、そんな奴絶対に相手にしたくない。
「報道規制があったみたいだから、一般人はあまり知らないのかもな。その女は用心棒として色んな組織を渡り歩いている、裏社会では有名な殺し屋なんだよ」
進行方向を向きながら呟く運転手の言葉を聞いたその時、上条は途切れかけた記憶の糸が綺麗に結ばれるような思いがした。
「あー、思いだしたわ」
そう言うと、みくるが少しだけ身を乗り出した。
「知ってるの? その女殺し屋のこと?」
「いや。この間皆で『スモーキー』に集まった時、雫ちゃんが言うとったやろ。夢魔は戦争に備えて雇った用心棒がおるって」
「ええ。確か、鼎武人の他に『吉祥天女』とかいう女がいるとか……。それがその女殺し屋ってこと?」
上条とみくるが目を向けると、運転手は同意を示すようにコクリと頷いた。
「そう。左腕に吉祥天の刺青が彫られた女殺し屋。それが『吉祥天女』財前ヒカリ子だ」




