†chapter18 ワンヒットの法則22
四月一日はいつまでも怒りを露わにしている。1人、Sanctuaryの入口に置いてきぼりにしてしまったのだから、まあ仕方がないと言えば、仕方がない。
「何であの時、中に入れてくれなかったんだ! あの流れだったら、僕が一緒に入っても問題なさそうだったろっ!」
「すまん、すまん。けど流れ的には、わたぬーだけ入れなかった方がおもろい状況やったし」
上条は適当に謝る。だがその謝罪が、火に油を注ぐことになった。
「それだっ! それがお前たち関西人の悪いところなんだよ! 何で面白いことを最優先にするんだ。世の中にはもっと大事なことがいくらでもあるだろ。何がお笑い100万票だよ、馬鹿にしやがって!」
四月一日の怒りのボルテージは最高潮に達している。もはや何に対して怒っているのかもよくわからなくなっているような状態だが、あることをきっかけに高ぶっていた感情が一気に抑えられた。それは彼と朝比奈の目が合った瞬間だった。
「あっ、お前は朝比奈雄二郎じゃないか。君の話が聞きたかったんだ!」
表情がコロコロと変わる四月一日を見て、戸惑いの表情を浮かべる朝比奈。上条はこの小男が刑事であることを説明すると、朝比奈は少し驚いた様子を見せつつ「あー」と声を上げた。
「この街にしては珍しく、もう警察が動いてるのか。ならば話が早い。女の子が1人、連れ去られたんだ。何とかして助けて出してほしい」
「失踪事件のことならもちろん我々も承知している。僕は『サイコメトリー』の能力を使って現場を調べたんだが、連れ去られたと思われる現場には失踪した女の子の情報は少なくて、それよりあなたの残留思念が色濃く残っていたんだ。朝比奈さん、何か知っていることがあれば聞きたいんだが……」
静かにそう語る四月一日の横を、エントランスから出てくる沢山の女性たちが通り過ぎていく。まだSanctuaryの中には、裕太の出した幻術のネズミが残っているのだろうか?
「俺の知ってることは、藤崎を拉致したのは夢魔の人間だということだけだ。他は何も知らない」
朝比奈の無愛想な言葉に、四月一日は顔をしかめた。
「ああ。あの有名なガールズモッブ、夢魔の仕業か。松岡め、何のつもりだ……?」
四月一日の言う松岡とは、夢魔会長の松岡千尋のことだ。彼も夢魔のことは認知しているようだ。
「わたぬー、今回の誘拐事件に松岡はノータッチやと思うで」
上条は乙村の言葉を思い出していた。彼女は、この誘拐のことが松岡の耳に入ったら自分たちがどうなるかわからないという趣旨のことを話していたのだ。
「何故それがわかる? お前、何か知ってるのか?」
四月一日は、あからさまに疑わしいといった表情で睨んでくる。上条に対し、完全に疑心暗鬼になっているようだ。全ては今までの行いの賜物だろう。
「梨々香ちゃんを拉致したんは、夢魔の幹部、溝畑エレナと乙村香織の2人やで」
上条ははっきりとその名前を言ったのだが、四月一日は釈然としない表情をしている。しかし少しすると、固かった表情が急に和らいだ。
「それが本当かどうかはわからないが、夢魔の犯行ということが間違いないのなら、犯人は若い女ということだな。僕にとってはそれだけわかれば十分だ。後は駅前に戻ってそいつらと思わしき残留思念を調べれば、藤崎梨々香の居場所が突き止められるだろう」
自信満々の表情でこちらに視線を向ける四月一日。今までの頼りない彼の姿が嘘のようだ。
「わたぬー、やるやんけ。さすが捜査一課の刑事やな」
「ふふふ、少しは見直したか? ことは急ぐので、とりあえず今日の非礼は水に流してやろう。というわけで、さらばだ、わっぱ共!」
そう言って四月一日は現場に戻ろうとしたのだが、上条はあることを思い出し彼を呼び止めた。
「ちょっと待って。現場に戻らんでもこれを見ればわかるかもしれへん」
「ん? 何だ?」
振り返る四月一日に、上条はあるものを見せる。それは朝比奈が拾ったという、藤崎の生徒手帳だ。
「これ梨々香ちゃんが拉致される時に、落としてった物なんやって。もしかしたら、これを『サイコメトリー』で調べたら何かわかるんちゃうか?」
生徒手帳を受け取った四月一日は表情も変えずに、上条に視線を返した。
「ほう。こんな遺留品があったのか。でかしたぞ」
唐突な小男の上司気取りに多少腹も立ったが、ここは彼の能力を利用した方が得策だろう。目を瞑り『サイコメトリー』に集中する四月一日の姿をとりあえず黙って見守る。
数秒の後、四月一日は肩をビクリと揺らし瞼を開いた。
「わかったぞ。少女を抱えた若い女が、どこかのタワーマンションに向かおうとしている思いが見えた」
どこかのタワーマンションに藤崎がいるのだと四月一日は言う。しかしそれは想像していた以上に大雑把な情報だったため、上条は眉を寄せただただ閉口してしまった。逆にその言葉に反応したのは、横にいたみくるだった。
「タ、タワーマンション?」
彼女は愕然とした様子で小さく呟く。
「どうかしたんか、みくるちゃん?」
上条が声を掛けるが、放心状態のみくる。
「みくるちゃん?」
今一度声を掛けると、みくるはゆっくりとこちらに首を向けた。
「『千里眼』で梨々香の居場所調べた時、凄く慌ててたから、あたし大事なこと見過ごしてたのかもしれない」
上条と裕太が顔を見合わせる。
「何や、大事なことって?」
みくるは静かに息を呑んだ。彼女の色違いの瞳は、動揺で微かに震えているように見える。
「あたし、渋谷駅から半径5Kmの範囲で捜索したけど、もしかしたら高さは地上から100メートルくらいまでしか調べてなかったかも……」




