†chapter18 ワンヒットの法則21
乙村を取り囲む黒い囮たちは、ゆっくりと近づきながら「ケケケケケッ」と不快な笑い声を上げている。
「何なのよ、この子たちは!? こんな沢山のデコイ、出した覚えないんだけどっ!」
不可解な状況に混乱する乙村。それに対し裕太は、彼女には聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「そりゃそうさ。だってそれは、僕が作りだした幻だからね……」
囲んでいた囮たちが一斉に襲いかかった。
「嘘でしょっ!?」と叫んだのも束の間、乙村はそのまま地面に押さえ込まれてしまった。
囮たちの黒い影に埋もれてしまう乙村。一方、みくるを襲っていた方の黒い囮たちは、術者の効力を失ったためか再び地面に溶けていってしまった。
解放されそこから立ち上がるみくる。タイマンではなくなってしまったが、一応こちらの勝利ということで差支えないだろう。一度は乙村に見破られていた『幻術』をそれでも構わずに使用する裕太の押しの強さが、今回は上手くいったということだ。
「あの女どうしたの? 自滅?」
事情を知らないみくるが、乱れた前髪を整えながらこちらにやってくる。
「自滅? ああ、せやな自滅や。己の能力をコントロールできひんかったようやな」
上条は彼女の自尊心を傷つけないように配慮して言ったのだが、みくるは「そう」と吐き捨てると、すれ違いざま裕太の頭を平手で殴りつけた。
「いってぇっ!! 何で殴んだよ!!」叩かれた頭頂部を手で押させる裕太。
「助けてくれたお礼よ」
みくるは言う。彼女も乙村を襲った囮が裕太の『幻術』だと理解しているようだ。
「……何だよそれ。本当に感謝してんのか?」
「感謝なんてしてたら殴ってないでしょ。それよりも、この状況何とかしてよね」
乙村は未だ黒い囮たちに埋もれ身動きが取れない状態。だがそのせいで、周りにいるゴスロリ衣装を着た夢魔の会員と思われる女たちが、今にもこちらに襲いかかってきそうな気配だ。
「よっしゃ、今こそ裕太の出番やで」
上条はみくるに叩かれたことへの慰めの意味も込めて肩に手を置いたのだが、裕太はそれを煩わしいと言わんばかりの仕草で跳ね退けた。
「わかってるよ。パニック起こせば良いんだろ? うるせーなぁ」
そんなやり取りをしている隙に、複数の黒い囮の埋もれている乙村がもがきながら少しだけ顔を出した。
「あいつら捕まえろ! 絶対にここから逃がすなっ!!」
ざわめきだす観衆。ここからは周り全員が敵になるが、裕太は憶することなくただ天井をじっと見つめている。
「上、気をつけな」裕太は静かに天井を指差して言った。
一体どんな幻を見せるつもりなのかと上条も首を上げる。するとその時、天井の一部が外れ床に落下し、フロアに大きな音が響いた。
耳の奥に突き刺さるような衝撃に、観衆の動きが一時的に止まった。しかし驚きはするだろうが、そんなことでパニックが起きたりはしない。
何とも言えない微妙な空気が流れる中、今度は天井の外れた部分から幾つかの灰色の礫が飛び出てきた。
それは床に落下すると、そのままゴスロリ衣装の女たちの足元に散らばっていく。あれはネズミだ。外れた天井を含め、裕太はネズミの幻を出現させたのだ。
一時は唖然とした女たちも、すぐにそれがネズミだと気付き、大きなパニックが起きた。
叫び声を上げながら下りの階段に殺到する女たち。後は我々もそれに続き、この建物から脱出させて貰うとしよう。
「裕太は『幻術』の使い方上手なったなぁ」
女たちと一緒に階段を駆け下りながら上条が言った。
「お前らと戦ってわかったんだよ。『幻術』とはいえリアリティが大事だって」
「せやなぁ。黒い炎とかは完全に中二病やから、止めた方がええと思っとったや」
「うるせぇな馬鹿! 僕は中二病って言葉がこの世で一番嫌いなんだよ!」
怒る裕太を先頭にして、皆その後を追いかけていく。エントランス付近は人でごった返していたが、隙間を縫ってそこから出ていくと、入口近くで突然何者かに声を掛けられた。
「おい坊主頭! 一体中で何があったんだ、教えろ!」
突然の命令口調を受け辺りに視線を向けるが、目が合う者など誰もいない。
「誰や、俺に話しかけとるんわ! 姿見せろ!」
「いや、だからふざけんな! ここにいるだろっ!!」
低い位置から声が聞こえてきたので視線を下げると、そこには人ごみに埋もれた四月一日の姿があった。
「何やわたぬー、まだこんなとこおったんかっ!?」




