†chapter18 ワンヒットの法則17
「おい! テメーは下僕のくせして、千尋さんのこと呼び捨てにしてんじゃねーよっ!!」
上条の発言に対し、口から飛沫を飛ばし激高する乙村。この怒り方からわかるように、今彼女が言った千尋という人物は夢魔の会長である『女郎蜂』松岡千尋と考えて間違いないようだ。彼女が『FAKE LOTUS』のファンだったとは予想外の展開だが、こちらとしては都合の悪い話ではない。
「すまん、すまん。しかし、会長が贔屓にしているバンドのプロデューサーだったとは、これはえらい人物攫ってもうたみたいやな」
上条はそんなことを言いつつ、『暴露』の能力で密かに乙村の行動を暴いた。どうも彼女と溝畑エレナが藤崎梨々香を拉致した実行犯らしい。そして藤崎を襲った際、近くにいた朝比奈雄二郎が抵抗してきたため、彼もまた一緒に捕まってしまったようだ。
「ど、どうするんですか、エレナさん? このことが千尋さんの耳に入ったら、ウチらどうなるかわかりませんよ!」
生気の失った顔でそう訴える乙村。溝畑の姿をした裕太は困惑した表情こそ浮かべてはいるが、実際は何も考えていないだろう。
「わかった。ほんなら、ここは下僕である俺が何とかしたろう。こう見えてもヒナ先輩とは顔見知りやからな」
上条がそう宣言したのだが、乙村の表情は硬い。しかし裕太が「そうね。というかそのために連れてきた下僕だからね」と適当に話しに乗っかると、ようやく安堵したように息をついた。
「さすがエレナさんが選んだ下僕。見た目の割に使える奴だな」
上から目線で上条を称える乙村。彼女には自分のことがどう見えているのか気になるところだが、今は急いでいるので後にしておこう。
「扉、開けて貰えるか?」
「オッケー。ちょっと、待ってろ」
乙村は首の後ろに手を回し、ネックレスのフックを外す。細いチェーンに繋がれた銀色の鍵が、黒いドレスの胸元から現れた。
「だけどエレナさん、交渉は下僕に任せるとして、私も朝比奈雄二郎に謝っておかないとまずいですよね?」
乙村の言葉を受け、溝畑の姿をした裕太は少しだけ口を歪める。
「いや、後始末は私の仕事。あなたはこのことが他の人間に見つからないように、このまま見張りを続けててくれる」
機転を利かせ、うまく部屋の外に乙村を待機するように命ずる裕太。俺にとっての使える下僕は、裕太で間違いない。にやけながらそんなことを思い浮かべる上条だった。
「はい、わかりましたエレナさん。後はよろしくお願いします」
解錠した乙村は、VIPルームの扉を開けるとその扉を押さえた。部屋の中に入っていく裕太と上条とみくる。するとその中には、後ろ手に縛られている朝比奈雄二郎の姿があった。
「ヒナ先輩、大丈夫か……?」
乙村によって扉が閉められると同時に、上条は小さく声を掛けた。床に腰を下ろし革張りのソファーにもたれかかっていた朝比奈は、ゆっくりと顔を上げこちらに目を向けた。
「おお、駅前で会った坊主頭じゃないか。何だ、お前らが一枚噛んでたのか?」
低い声でそう威嚇する朝比奈。上条は手のひらを振り、それが誤解であることをアピールする。
「ちゃいますよ。俺らは、ヒナ先輩のことを助けに来たんやで」
その上条の言葉を聞いた朝比奈は、眉をひそめて溝畑の姿をした裕太に目を向けた。助けると言っているのに、自分を拉致した張本人がその場にいたのでは説得力がまるでない。
「……どういうことだ?」
上条は朝比奈の腕に巻かれた紐を解きながら、裕太の『幻術』の能力を含め、ここに来た理由を掻い摘んで説明した。
「成程、お前たちは藤崎の知り合いだったのか。しかし『幻術』とは、大した能力だな」
朝比奈に褒められ、得意気に鼻を擦る裕太。
「まあな。けど、おじさんは梨々姉と、どういう繋がりがあるんだ?」
「ああ。俺とあの子は、路上ライブ仲間だったんだがな……」
拘束を解かれ、少しだけ表情を緩める朝比奈。しかし、すぐにその目元は険しいものになった。「だが藤崎はここにはいないぞ」
上条は表情を変えずに頷く。ここに藤崎がいないことは百も承知なのだ。
「ヒナ先輩は、梨々香ちゃんの居場所知っとるんか?」
そう聞いてみるも、朝比奈は首を横に振る。
「大の大人が女の子1人、守ってやれなくて本当に申し訳ない」
謝罪の言葉と共に、朝比奈はおしりのポケットから何かを取り出した。薄くて小さな冊子だ。
何だろうと思いそれを手に取る上条。よく見るとそれは生徒手帳だった。
「何の解決にもならないと思うが、一応それは、拉致られた時に藤崎が落としてったのを拾っておいたものだ」
朝比奈は言う。確かに彼女の生徒手帳があっても、何の解決にもなりはしなかった。
「それ、梨々姉の生徒手帳なのか?」
乾いた口調でそう口にする裕太。上条が生徒手帳を差し出すと、裕太は少しだけ震える手でそれを受け取った。
「……梨々姉」
すると短い沈黙の後、突然大きな音と共に部屋の扉が勢いよく開けられた。
驚きで肩を揺らした上条がそちらに目を向けると、そこには、唖然とした表情で電話を耳に当てている乙村の姿があった。




