†chapter18 ワンヒットの法則10
「わたぬーは、ホンマに面倒な奴やなぁ」
高架の下から1歩踏み出した上条は、顎を上げ空を見上げた。大きなビルとビルの間に小さく見える、朱と紺で挟まれたくすんだ白濁色。晩秋の夕暮れ。
「梨々香がいじめで辛い思いをしてるのに、笑ってる場合じゃなかったわ。全く、何なのよあのインチキ警察官。信じられない!」
みくるは不謹慎に笑っていた責任の全てを四月一日に押し付けた。まあ、それは正直どうでもいいのだが……。
「それよか、みくるちゃんどうする? 念のため、かすみ園に行っとく?」
かすみ園の中にいるのなら、さすがの夢魔もそこまで乗りこんではこないとは思うが、彼女の精神状態も心配だ。今日学校を休んだことも、恐らく昨日の出来事と無関係ではないだろう。
「キム子には会いたくないけど、やっぱりあたし梨々香のことが心配だわ。悪いけど、これから付き合ってくれる?」スクランブル交差点の赤信号で立ち止まると、みくるはこちらに振り返った。
キム子に会いたくないという意見には共感できるが、かすみ園に一緒に行くことを断るほどの理由ではない。上条はみくるの問いに、時間を置かず頷いた。
「よっしゃ! ここは俺の面白トークで、梨々香ちゃんのこと元気にさせたるわ」
「いや、そういうのいいから。マジで」
信号が青に変わったのを見届けたみくるは、真顔のまま交差点を渡りだす。もはや上条の話術では苦笑いすら浮かばないらしい。数分前まで四月一日のことで大笑いしていたはずなのに、何ということだろう。
逆に上条が苦笑いを浮かべながらみくるの後をついていくと、突然背後から悲鳴が聞こえてきた。
「ん? 何ごとや」
ハチ公前広場の方向に振り返る上条。すると、スクランブル交差点に突風が吹き荒れた。舞う砂埃を避けるため、上条とみくるの2人は咄嗟に顔を覆う。
それでも目の中に砂が入ってしまい、堪らず瞼を閉じる。手のひらで砂埃を防いだ上条は、何度か瞬きを繰り返しゆっくりと目を開けた。
ハチ公前広場にたむろっていたであろう人々が、どういうわけか一斉にスクランブル交差点に押し寄せてくる。
「アカン。人の波に呑まれるで!」
上条はみくるの肩を引き寄せ、近くにある地下鉄入口の壁に背を付けた。そしてその僅かの後、多くの若者がセンター街や道玄坂方面に逃げるように駆け抜けていった。一体何が起きているというのだろうか?
「ヤベーぞ、竜巻っ!!」通り過ぎていく若者の1人がそう言った。
こんな都心で竜巻? 俄かに信じ難いが、起こり得るのだろうか?
人の流れが治まった時点で、上条は首を交差点に向ける。強い風に目を細めると、ハチ公前広場の真ん中に巨大な竜巻が立ち昇っているのを確認した。一瞬虚を突かれたが、これは……。
「ほう。これまた、凄い竜巻作りよったな」それを見た上条は、ただただ感心してしまった。
「作るってどういうこと? まさかあれ、拓人の仕業なの!?」
焦りで声を荒げるみくる。だが上条は、巨大竜巻を目の当たりにしても飽くまで冷静を保っている。
「さすがに今の拓人ではあそこまでの竜巻は作れんやろ。あれは別の亜種の能力や」
「別の亜種? 渋谷でこんなことできる奴、拓人かその拓人の能力をコピーした雫ぐらいなもんでしょ?」
みくるにそう問われるも上条は笑みを浮かべながら首を横に振り、そして交差点に歩を進めた。
「いや、雫ちゃんでもない。でもこんなんできる奴、もう1人おったやろ」
「ちょっと、大丈夫なの!?」その後を追うみくる。
「平気や。見てみ、あそこにこれ作りだした張本人がおるから」
巨大竜巻を指差す上条。その根本にはダッフルコートのフードを被った子供が1人、立ち尽くしていた。
「おい裕太、何のつもりやねん。お前のせいで渋谷が大パニックやぞ!」
上条が言う。その先にいるのは楠裕太。つまりこの巨大竜巻は『幻術』の能力を持つ彼が作りだした幻に過ぎなかったのだ。
「うるせー馬鹿! テメーこそ、今までどこほっつき歩いていたんだよ!」
わかりやすく逆切れする裕太。どうも上条のことを捜していたような口ぶりだ。
「なんや。お前まさか俺に気付いて欲しくて、渋谷の真ん中でそんなでっかい竜巻出現させたんか?」
「そうだよ。お前だけは、僕の幻を見破ることができるみたいだからな」
裕太の言う通り上条は『暴露』の能力によって、彼の『幻術』を暴くことができるのだ。しかし何故、このような大袈裟なことをしてまで捜さなくてはいけなかったのだろうか?
話を聞こうと上条は真剣な眼差しを送る。裕太も被っていたフードを外し、視線を合わせた。彼の横に渦巻いていた大きな竜巻は、いつの間にかどこかに消え去ってしまっていた。
「……梨々姉がいなくなった」
多くの人が逃げ普段の喧騒が消えてしまったハチ公前広場の中心部で、裕太は力なくそう呟いた。




