†chapter18 ワンヒットの法則06
藤崎はフリフリのアイドル衣装の上からアイボリーのカーディガンに袖を通し、そしてタータンチェックのマフラーを首に巻きつけた。
「私のせいで皆さんにご迷惑かけてしまって、色々すみませんでした」
帰り支度を整え最後に深く謝罪する藤崎に対しても、瀬戸口は容赦なく止めを刺してくる。
「ホント、マジで迷惑だから、ここで歌うのはもう止めてよね」
辛辣な言い方だが、また面倒なことにもなりかねないので瀬戸口の言うように、もうここでは歌わない方が賢明かもしれない。
「うん、けど……」
藤崎が何か言い淀むと、瀬戸口は怒りが蘇ったように顔を歪めた。
「けど、何なのよ! あんたすみませんとか言ってるけど、本当に申し訳なかったと思ってる?」
そこからまた瀬戸口の説教モードが始まってしまった。
上条が食傷気味だとばかりにため息をついた丁度その時、苦言を呈する瀬戸口の背後から物凄い勢いで近づいてくる人影が見えた。よく見るとそれは、特殊警棒をリレーのバトンのように持って走る天野雫だった。
上条が「あっ!」と声を上げた段階ではまだ20メートル程先にいたのだが、その声に反応して瀬戸口が振り向いた瞬間に、雫は強風と共に一足飛びで彼女の目の前に着地していた。どうやら拓人の存在に気付き『疾風』の能力をコピーし、一気に間を詰めたようだ。
「うわっ!! あ、天野、急に現れないでよ! びっくりするじゃない!」
声を上げる瀬戸口を無視して、雫は拓人に話しかける。
「こんなところで何してるの?」
「おう、雫か。いや、何ってことは無いけど、強いて言えば瀬戸口の恋愛相談かな」
拓人がそう言ったことによって、上条も佐伯を捜すためにここに来たということを思い出した。そんなことすっかり忘れてた。
「恋愛相談? ふーん」
雫は何の感情もなく言葉を返し、瀬戸口に顔を向ける。
「何よ、別に良いじゃない高校生なんだから恋愛くらいしたって! っていうか、そんなことより聞いてよ天野。この子ったら、こんなフリフリの衣装着て歌ってんのよ。知り合いが駅前でこんなことしてたら、あなただって恥ずかしいわよね?」
瀬戸口は一息にそう言い放った後、暫しの沈黙が生まれた。
「なあ、雫ちゃんは瀬戸口とどういう関係なんや?」
上条が拓人に小声で聞くと、2人はクラスメイトなのだと教えてくれた。つまり雫は、藤崎と先程の伊丹たち3人組ともクラスメイトということになる。何というカオスな教室。
暫し藤崎を見ていた雫だが、一旦目を放し宙空を見つめると、もう1度藤崎の顔に目を移し素早く3回瞬きをした。
「あなた、誰?」
雫の言葉にその場の全員がずっこけそうになる。
「天野さん、わ、私、あなたの前の席の藤崎です!」
雫は考えを巡らせるように目を閉じると、「あっ」という声と共に瞼を開けた。
「あなた、藤崎梨々香さん? ごめん、いつもと感じが違うからわからなかった」
そう言われた藤崎はいそいそとバッグから眼鏡を取り出し、それを掛けた。普段はきっとこのスタイルなのだろう。瀬戸口の言う、田舎の中学生感がそこはかとなく増幅する。
「とりあえず天野の天然ボケは置いといてさぁ、藤崎にこの街の怖さ教えてあげてよ。さっきだって伊丹たちに因縁つけられてたんだから」
瀬戸口が言うと、雫はまた瞬きを1回だけした。
「伊丹さんたちに?」それは厄介であるばかりに眉根を寄せる。
「ほら、天野も同意してるでしょ? こんなことで歌ってたって碌なこと無いんだから、とっとと止めた方が良いわ。それと伊丹たちが何するかわかんないから、しばらくの間は天野が藤崎のこと守ってあげなさいよ。わかった?」
瀬戸口は一方的にそう言う。だが、雫は話を聞いているのかいないのか、キョロキョロと辺りを見回していた。
「うん。それは別にいいけど、ところで瀬戸口さん、ここにキモい人通らなかった?」
「はぁ? キモい人!?」
何故かその瞬間、全員の視線が上条に注がれた。唐突な阿吽の呼吸。
「いや、俺じゃないやろ! なあ、雫ちゃん?」
助けを求めると、雫は素直に頷いた。
「うん。上条さんより、もっとキモい人だった」
「ほう。それはよっぽどだな」と拓人。
「いや、ホンマやな。とか言うてる場合かっ! なんやねん、そのキモい奴!」
「マスクを付けたスキンヘッドで眉も無い人なんだけど、途中で見失っちゃったから……」
雫は手持ち無沙汰になった特殊警棒を持った右手をだらりと下ろした。どうやらそのキモい男と戦闘になり追いかけていたようだ。
「そんな目立つ人なら、私が捜してあげるよ」
後ろにいた逆月が雫に対してそう言うと、ふわりと身体を浮かせそのまま真上に飛んで行った。
虚を突かれた上条は目を大きく見開いたが、すぐに己の『暴露』の能力で彼女の能力を暴いた。逆月は『空中浮遊』の能力を持っているようだ。
「ほう、飛行能力とは恐れ入ったな。しかしいくら空からいうても、この街で人捜しするんは容易やないで」
上条がそう言った直後、逆月が一気に下降してきて地面に降り立った。
「き、キモい人いた!」
「どこに?」
雫がいつになく前のめりで聞くと、逆月はそっと空を指差した。
「あそこ」
皆ギョッとして空を見上げる。すると丁度、弓張り月を背景に羽の生えた人間が空に浮かんでるのが見えた。なん何だあれは?
「逆月さん、ありがとう。山田くん、手伝って」
雫は礼を言うと、拓人の首根っこを掴み羽人間の浮かぶ方向に走り出した。その場に一陣の風が舞い上がる。
「ちょ、待って、雫っ! あああああああああっ!!」
首根っこを掴まれた拓人は、靴の踵を大根おろしのように擦られながらバスターミナルの方角に引き摺られていった。




