†chapter18 ワンヒットの法則04
藤崎と呼ばれたアイドル志望の女は、少し離れた場所にいる我々に気付くと瞬間的に笑顔を強調した。自分の歌を聞いてくれる観客だと思ったのだろう。だがその客の中にクラスメイトだという瀬戸口の顔を確認すると、その笑顔が一気に消え去り歌声もそこで止まってしまった。
足元に置いたスピーカーからBGMだけが流れる中、瀬戸口はショートブーツのヒールをカツカツと鳴らし藤崎の元に向かって行く。
「あんた、何で渋谷の駅前なんかで歌ってんのよ? 止めてくんない」
瀬戸口のドスの効いた台詞に怯んでいるのか、藤崎は本当に申し訳なさそうに「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪しながら携帯型音楽プレーヤーを停止させた。一瞬の静寂の後、街のざわめきが耳の奥に戻ってくる。
「もう、やめとけや瀬戸口。怒るとまた顔がねじ曲がってくるで」
背後から近づいてそう茶化すと、瀬戸口はたっぷりと間を開けてこちらに振り返った。アイラインが強調された目が異常に釣り上がっている。
「またって何よ? ねじ曲がってないって言ってるでしょっ!」
思惑通り怒りの矛先はこちらに移ったようだ。学生の弱い者いじめなど見るに堪えないのでそうしたのだが、やはりこれはこれで煩わしいものである。
そんなことを考えながらしばらく瀬戸口の物言いに相槌を打っていると、どこからか女たちの笑い声が小さく聞こえてきた。
ちらりと横に目を向ける。するとそこにはワンピースにジャケットやカーディガンを羽織った3人組の若い女がいた。同時に瀬戸口の顔色が変わったのも見てとれる。これまた顔見知りの登場か?
「あら、瀬戸口さんも藤崎さんと一緒にアイドルやりだしたの?」
中央のジャケットの女がそう言うと、両脇にいるカーディガンの女たちがくすくすと笑いだした。
「冗談じゃないわよ! 伊丹、あんたウチのこと舐めてんでしょ?」
瀬戸口は女の名を呼んだ。伊丹と呼ばれた女も瀬戸口と藤崎の名前を知っているようなので、少々大人びてはいるが恐らく彼女たちも瀬戸口のクラスメイトか何かだと思われる。
「気を悪くしないで。瀬戸口さんも可愛いからアイドルにお似合いだと思っただけなのよ」
伊丹は悪気もないように舌をペロリと出すと、藤崎に近づき彼女の肩をそっと手で触れた。
「な、何、伊丹さん?」
童顔の藤崎は、怯えた小動物のように震えてしまっている。
「ねえ、藤崎さん。こんなところで歌われるとクラスメイトの私たちが恥ずかしい思いをするのよ。わかる? お願いだからアイドルを目指すなんて馬鹿げた夢は、今日限りで諦めてくださらない?」
言い方こそ丁寧だが、何とも言い難い威圧感がある伊丹の口調。学校の中にも生徒間で自然発生する序列のようなものがあるものだが、彼女はその中でも上位層の人種に当たるのかもしれない。
「け、けど……」
恐らく下位層、もしくは中位層だと思われる藤崎が言い淀んでいると、横にいた瀬戸口が急に2人の間に割って入った。興奮した牛のように伊丹のことを激しく威嚇する。
「あのさぁ。あんたに何の権限があって、この子の夢が奪えるっていうの?」
「あら、権限があるなんて思ってないわ。ただこの子がこうして駅前で歌ってくれてるおかげで、私たちが恥ずかしい思いをしているのは事実なんだから仕方がないでしょ?」
伊丹はそう言う。つい先程、瀬戸口が藤崎に対して言っていた意見と概ね変わりはないのだが、何故か瀬戸口は180度意見を変えて伊丹に反論しだした。
「何で関係のない伊丹たちが恥ずかしがる必要があるわけ? 自意識過剰過ぎでしょ。言っとくけど、誰もあんたらのことなんて注目してないから!」
はっきりと悪口を言われたが、伊丹の顔は微笑を崩さない。
「酷い言われようね。私は叶いもしない夢を諦める良いチャンスをあげてるっていうのに……」
「バッカじゃないの!? 叶いもしない目標だから夢って言うんでしょ? まあ、夢なんか何も持たずに星占い見ながらカフェ巡りしてれば幸せなあんたらに、そんなこと言ってもわからないでしょうけどねっ!」
瀬戸口がドヤ顔で言ったところで、初めて伊丹の顔から表情が消えた。
「随分つっかかってくるのね。何か私たちに不満でもあるのかしら、瀬戸口さん」
伊丹も後ろの2人も、冷たい視線を瀬戸口にぶつけてくる。女同士の抗争。マジ怖い。
「丁度いい機会だからはっきり言っておくわ。『夢魔』はウチら『ALICE』が潰すって松岡千尋に伝えておけ!」
瀬戸口は伊丹の顔を指差しながら大見得を切った。どうやらこの3人組の女たちは夢魔の会員でもあるようだ。
「やだ怖い」
3人組はそれぞれ顔を見合わせると、再び笑みを湛えた。高校生とは思えない上品な雰囲気。さすがは夢魔。他のグループとは一味違う。
「まあ、あんたらみたいな『キャンディガールズ』の言葉が代表の松岡に届くことはないんだろうけどね」
瀬戸口にそう言われても尚、伊丹の顔には笑みが浮かんでいる。能面のような冷たい笑い。見れば彼女の目の奥は、微動だにせずにまっすぐ瀬戸口を見つめている。死んだ魚のような目だ。
「何それ、喧嘩売ってんの?」
「日本語通じてなかったの? さっきから夢魔は潰すって言ってるでしょ!」
肌が凍てついてしまうかのような緊迫感。だが暫しの睨み合いの後、伊丹は唐突に踵を返した。
「哀しいわ。私たちに喧嘩売ったらどうなるか理解できないなんて……」
夢魔の3人は終始笑みを保ったまま、静かにその場を後にした。




