表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter18 ワンヒットの法則
164/294

†chapter18 ワンヒットの法則01

 渋谷という街は普段から若者で溢れかえっているのだが、その日はいつも以上に人が集まり混雑を極めていた。さすが週末と言ったところだろう。街に流れているBGMも喧騒でほぼかき消されてしまい、ドラムのリズムだけがビルの高い位置で微かに鳴っている。


 上条圭介は山田拓人を引き連れ、賑やかな渋谷駅付近を用もなくぶらついていた。まあ、街を歩いて他のチームの動向を窺うのも仕事の1つだと上条は考えているのだ。


 ハチ公像の裏の道を通り、JRと私鉄の駅を繋ぐ渡り廊下の下に入り込むと、更に出鱈目な音が狭い空間で反射していた。


 「よう考えたら今日は土曜やったな。人が多いはずや」

 そう言ったのだが、横にいる拓人はただ眉をひそめ、何も答えずにため息をついた。気分が優れないのだろうか?


 「どうかしたんか?」

 拓人の健康面など別段心配してはいないのだが、一応リーダーという立場上思いやりのある言葉を投げかける。そんな上辺だけの台詞に感づいたのか拓人はもう一度ため息をつき、そして東急東横店の壁を小さく指差した。そこには壁に寄りかかりギターを弾きながら歌をうたう、中年男性の姿があった。


 「んー、ストリートミュージシャンがどうかしたんか?」

 そう聞くと、拓人は目を大きく見開き何かに怯えるように足を止めた。必然的に上条もその場で立ち止まる。

 「マジか? 圭介くんは、この歌聞いても何にも感じないのか?」


 「歌?」

 よくよく耳を澄まして聞いてみると、その男はとんでもない歌声で生歌を披露していた。それは音痴特有の音程が定まらない歌い方ではないのだが、何か不安定な波のようなものが鼓膜を響かせ、まるで不吉な言葉でも聞いてしまったかのように精神の奥底を揺さぶりかけてくる。これは声質に致命的な問題が有るようだ。


 「な? トドのいびき声みたいだろ?」

 拓人は言う。言い得て妙だが、歌っている本人を目の前に言うことではない。失礼な言動に上条の顔が青くなる。と、いうのも、このストリートミュージシャンのことを上条は良く知っていたからだ。


 「良く見たらこの人、ヒナ先輩やんけ。トド言うたるなや」

 上条がそう返すと、拓人はそこで初めて失言したことに気付き、己の口を手で塞いだ。

 「ヒナ先輩? 知り合いだったのか?」


 「いや、なんでやねん。ヒナ先輩こと、朝比奈あさひな雄二郎や。CDも出しとるんやんけ」

 「朝比奈雄二郎?」

 そう言いながら首を捻る拓人。しかし知らないのも無理はなかった。朝比奈の歌がヒットしていたのは、上条がまだ中学生だった頃の話。しかもデビューシングルがヒットしただけなので、若い連中にはそれほど浸透していないのだろう。


 「昔は上手かったんやで。昔、言うてもファーストシングルだけやけど」

 「いや、おかしいだろ。何でセカンドシングルから急にへたくそになるんだよ?」

 拓人は当然の疑問を口にする。だがそれには理由があった。ファーストシングルは声を大幅に加工修正してリリースしていたのだが、どういうわけか2枚目以降は修正を行わずに地声に近い形でリリースしたのだ。結果、ご覧の有様だったわけだが。


 「大人たちの意見に左右されたくないロックンローラーの辿った末路が、この朝比奈雄二郎という男や。彼を知る者はその功績を湛え、ヒナ先輩と呼ぶんやでぇ」

 上条はへたくそな歌を聞きながら、懐かしむように目を細める。


 「全く意味がわからない。功績ってなんだよ? いわゆる一発屋じゃねぇか」

 言っていることが理解できずに憤る拓人に対し、上条は静かに言い聞かせた。

 「ヒナ先輩はレコード会社との契約が打ち切られた後、すぐに音楽プロデューサーとしての才能を開花させたんや。最近やと『チャンス&ネセシティ』とかがヒナ先輩の仕事やな」

 今、上条が言ったのは、人気バンド『FAKE LOTUSフェイクロータス』の最新ヒットシングルである。


 「えっ!? あの、灰色の街を背に、僕らはダイブするーっていう歌か?」

 拓人はチャンス&ネセシティのサビの部分を歌ってみせる。1フレーズだけだったが、そこそこ上手い。頼むから、これ以上ヒナ先輩に恥をかかせるんじゃない。


 疑いの眼差しで朝比奈を見る拓人。確かにあのヒット曲を作った人間が、こんなにも歌がへただったとはにわかに信じられないだろう。だがこの男、作曲能力だけは本当に天才的なのだ。


 しかしヒナ先輩、まだシンガーとしての夢も諦めきれへんねやなぁ。

 言葉にはしなかったがそんな思いで懸命に弾き語る朝比奈を見ていると、南口方面から異常に胸板の厚い男がふてぶてしい態度でこちらにやってくることに気付いた。彼の眉間には、パグを思わせるようなくっきりとした皺が刻まれている。こいつ絶対因縁つけてくるだろうなぁと思っていたら、案の定すぐに難癖をつけてきた。


 「おい、おっさん! へたくそな歌うたいやがって。ここはお前んちの風呂場じゃねぇんだよっ!」

 胸板の厚い男は威嚇いかくするように怒鳴り声を上げる。だが、言いがかりとも言えないので、悲しいかな反論することができない。


 横にいる拓人が上条にそっと耳打ちしてきた。

 「あいつは何者だ?」

 「あれは打撃のダメージを吸収する『当て身喰い』の能力を持っとる『瑠撞腑唖々ルシュファー』幹部の室井いう奴や。強い奴やで」


 「ダメージを吸収? ふーん。あっ!?」

 室井のことを見ていた拓人が急に声を上げた。合わせて上条もそちらに目を向けると、高圧的な態度の室井の陰から低姿勢な細身の男が姿を現した。それは代々木体育館で共に不破征四郎と戦った『ボーテックス』幹部の佐伯だった。


 「まあまあ、良いじゃないですか」 

 佐伯は寝ぐせだらけの頭を掻きながら、弱々しく室井を諌める。

 「良いことあるか、元ボーテックスの連中は腰抜けばかりで話にならん。この街に不要なものは俺らの手で排除する必要があるだろう」


 室井は朝比奈のことを不要な物と言い切る。まあ、これも間違ってはいない。正しくもないが。

 「しかし我々の抗争に一般人を巻き込むというのは、如何いかがなものでしょう?」

 あくまでスタンスを変えない佐伯の態度に、室井は声を荒げた。


 「お前たちは手ぬるいんだよ! こんな騒音を撒き散らすゴミは、この街から消えて貰った方が社会のためだ。どうしても歌下手リサイタルがやりたいのなら、土管の置いてある公園にでも行ってやりやがれっ!!」


 今までそれを無視して歌っていた朝比奈だったが、その訳のわからない罵倒をぶつけられると、乱暴にギターを置きその場から立ち上がった。勿論顔は怒りに満ちている。


 「あ? やんのか、おっさん!」

 勿論、それに怯む室井ではない。2人の視線が熱を帯びてぶつかり合う。困り顔の佐伯が室井のことを止めようとしたのだが、先に手を出したのは朝比奈の方だった。


 怒りにまかせ思い切り腕を振りかぶる朝比奈。しかし『当て身喰い』の能力を持つ室井は、にやにやするだけでその攻撃を避けようともしない。先に手を出させ、後からボコボコにするのが奴の喧嘩のセオリーだからだ。


 「俺は歌下手じゃねぇっっ!!!」

 朝比奈の嘆きような雄叫びが高架の天井に響いた。そして次の瞬間、拓人が後に爆発でも起きたのかと思ったと表現するような衝撃が起こった。朝比奈に殴られた室井が、10メートル先のバスターミナルまで吹き飛んでしまったのだ。


 何が起きたのか理解できずに絶句する上条と拓人と佐伯の3人。室井のダメージ吸収する能力はどこにいったんだ?


 朝比奈は何かが終わったかのように「プシュー」と息を吐き捨てると、意を決したようにその場に座り込んだ。

 「俺の能力はこれで打ち止めだ。後は煮るなり焼くなり好きにしやがれ、ガキどもっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ