†chapter17 幻想のウィザード22
「あーあ、何してんだよお前ら……」
不意に建物の中から声が聞こえてきた。目を向けると、大きなヘッドホンを首に掛けた坊ちゃん刈りの子供が玄関から出てくる。それは先日大きな騒動を起こした魔術師と呼ばれる少年だった。
「えっ、お前本物か? 幻じゃねぇよな?」
拓人は本人に直接触れて、真偽を確かめる。魔術師の使う幻術は疑念を持って触れると泡のように消えてしまうのだが、今の彼にはしっかりとした感触がある。どうも本物のようだ。
「うざいなっ! 幻なわけないだろ! そもそも、何でそんなややこしいことしなきゃいけないんだよ!」
憤る魔術師を倍近い体格差のあるキム子が、肩を掴みそっとたしなめる。
「この子はここで預かることになったのよ」
魔術師は不服そうな表情でみくるを睨み鼻を鳴らした。その様子から魔術師をここに入園させたのは、みくるの差し金であるのだと理解できた。先日は魔術師のことをボロクソに人格否定していたのだが、やはり似た境遇であるこの少年に幾らかシンパシーを感じているのだろう。テンプレのようなツンデレ女だ。
「今日は一体何の用だよっ!」
忌わしげに言い捨てる魔術師に対し、みくるは特に感情もないような顔をして小さな巾着袋を差し出した。
「あなたのお姉さんに頼まれて、これを預かってきたのよ」
「あ? 何だよこれ?」
魔術師は乱暴に袋を奪うと、すぐにその中身を取り出した。そこから出てきたのは1本の黒縁眼鏡だった。彼の異母姉であり、物部雲海の秘書である橋本真由美が着けていた眼鏡に非常によく似ている。
「わかる? その眼鏡、真由美さんが使用してるのと同じ商品だそうよ」
「そんなの見ればわかるよ!」
魔術師は強い口調でみくるに言う。だが、どういう意図で姉がこの眼鏡を渡しのかまでは解りかねているようだ。指で摘まんだ眼鏡を不可解な顔で凝視している。
「良く見たらわかるけどその眼鏡、透明に見えて実は薄ら色が入っているのよ。それさえ掛けておけば、物部雲海の能力の虜にならないんだって」
みくるは説明する。確かに色を使って人心を操る術を持つ物部雲海の秘書を務めていながら、彼女が物部の盲信的な信者になっていないことに関しては少々疑問に感じていたのだが、まさか色つきの眼鏡でそれを回避していたとは意外な盲点だった。
魔術師は少し納得したのか顔の筋肉を緩めると、手にしていた黒縁眼鏡をそっと鼻の上に乗せた。少しサイズが大きかったせいか眼鏡は顔の中央にゆっくりとずり落ちる。
「だははははっ! お前、謎の組織に身体を小さくされた名探偵みたいやな!」
いつの間にか復活していた上条が下品な高笑いを上げる。だが彼の言わんとしていることは理解できた。昔のアニメーションのキャラクターに見た目が少しだけ似ていたのだ。拓人とみくるも思わず吹きだしそうになる。
魔術師は火照った頬を膨らませると、眼鏡を外し怒りを露わにした。
「こんなもん無くたって、僕はあいつの能力になんか操られねぇよっ!!」
そう凄む魔術師の背後には、鬼のような魔物が現れている。一瞬焦ってしまったが、これは勿論彼の作りだした幻術に過ぎない。
「園内で幻術は禁止って言ってるでしょ!」
キム子の大きなげんこつが魔術師の頭部にぶつかる。幻術の魔物も、それと同時に綺麗に消え去ってしまった。
「くそっ、暴力ババア! 絶対に教育委員会に訴えるからなっ!」
完全に喧嘩腰の魔術師は、キム子に向かって勢いよく指を差した。子供って本当に怖いもの知らずだ。
「好きにすればいいでしょ。ちなみに児童養護施設の管轄は都道府県だから、そっちに訴えてくれる? あんたのお父さんは都知事なんだから、話が早くて良かったじゃない」
キム子がドヤ顔でそう言うと、魔術師はむっつりと黙りこんだ。ぐうの音も出ないで画像検索したら、きっとこんな顔がトップに出てくることだろう。
「やっぱり、かすみ園で預かって貰ったんは正解やったな。これからはキム子ママの言うこと聞いて、真面目に暮らすんやで」
厭味ったらしく言う上条に対し、魔術師は速攻で言葉を返す。
「うるせー、チンピラ! お前だってどうせ悪さばっかりしてるくせにっ!」
上条は再び「だはははは!」と笑う。
「そら確かに違いない。ほんなら言い方を変えるわ。もう姉ちゃんを心配させるようなことはしたらあかんで」
「ホントうるさいな。もう帰れよ!」
「お前に言われんでも帰るわ。ほんならキム子ママ、こいつのことよろしく頼むで」
上条はそう言って、入口の鉄門に向かっていく。
「みくる以上の問題児で手が焼けるけど、私のマリアナ海溝よりも深い愛情で包みこんであげるわよ」
キム子はそう言って情熱的なウインクをする。うっかりその瞬間を目撃してしまった拓人は、両腕と背中の広範囲に鳥肌が立った。
「じゃあな、幻術使い。また来てやるからな!」
鉄門から出た上条は、振り返り手をひらひらと振る。
「もう来るんじゃねーよ、暇人っ!」
門まで走ってきた魔術師は、憎まれ口をぶつける。そして拓人たちがそこを離れ角を曲がった後も、まだ変声期も迎えてないような魔術師の甲高い罵詈雑言がいつまでも聞こえてきた。あるいはこの声も、彼の作りだした幻なのだろうか?
―――†chapter18に続く。




