†chapter17 幻想のウィザード19
美竹公園前の信号で、息を切らして走る魔術師の姿を捕らえた。やはり秘書の橋本の言う通り、魔術師は物部に対し直接手を下すつもりのようだ。
「待て、ガキッ!」
拓人がそう叫ぶと、一度立ち止まった魔術師は振り返りざま特大の黒い炎を繰り出し再び公園内へ逃げていった。
左腕で顔を覆った拓人は、迫りくる黒い炎の中、その腕を大きく振り払う。
「騙されるかっ!!」
魔術師の放つまやかしの炎は、拓人の腕に触れた瞬間に泡のように消えてしまった。あれだけ追い詰められた能力だが、今では指先が触れるだけで簡単に消し去ることが出来てしまう。攻略不能かと思えていた能力なのに、これほどまでに繊細なメカニズムで出来ていたとは本当に皮肉なものだ。
拓人とその後を追う雫は、魔術師に続き公園内に侵入する。物部がここで演説会を予定しているとのことだったが、まだ本人も聴衆も集まってはいないようだ。
魔術師の思惑は外れ、こちらに勝機が巡ってきたか?
そう感じた次の瞬間、園内中央にある管理施設の中から1人の男が姿を現した。額から頭頂部にかけて禿上がった中年男性。魔術師は疲れを見せながらも、その男の姿を見つけると大きく口角を上げた。間の悪いことに、その中年男性こそが日本平等党の物部雲海だったのだ。
「ヤバいぞ、おっさん! そこから逃げろ!!」
拓人は声を上げたが、突然の出来事に呆然とする物部は1歩も動けぬまま魔術師に背後を捕らえられた。そしてその首元には魔術師の持つナイフが突きつけられる。
「お前ら近づくな! 1歩でも動いたらこいつの命はないぞっ!!」
魔術師はまるで勝ち誇ったような表情でそう告げた。本気で物部を殺すつもりだろうか? 焦る拓人を尻目に、捕らえられている物部本人は相手が子供であるせいかまるで恐れている様子はない。
「あんた誰?」
物部の放つその無神経な言葉が、魔術師の琴線に触れてしまった。首に当てられたナイフの刃先が物部の皮膚を薄く切り裂き、首元から赤い血が流れた。
「お前は僕のことなど知らないんだろうがなぁ……」
魔術師は喉を震わせ、今にも泣きだしそうな目で物部の横顔を睨みつけている。対する物部はというと、やはり何のことかピンときていないようで、訝しげな顔のまま直立していた。
魔術師は充血した目を何度か瞬きさせると、少しだけ小首を傾げた。
「ところでお前、こんなにデカかったか?」
身長が160cmほどしかない魔術師は、背伸びをしながら物部の首を押さえている。拓人も以前ハチ公前で物部のことを見ているが、ここまで体格が大きい印象はなかった。謎の違和感。
ちぐはぐな記憶が整理できないまま、更なる違和感が拓人の目の前で起きた。物部が急にオカマ口調で喋りだしたのだ。
「悪いけど本当にあんたのことなんて知らないわよ。私に恨みがあるみたいだけど、幻でも見てたんじゃないの?」
「ま、幻……?」
拓人の瞳孔が大きく開いた。幻という言葉をきっかけに、ある可能性に気付いたのだ。物部の背中を捕らえている魔術師も、同じように赤い目を見開いている。
この男、まさか物部ではないのではないか……?
物部は面倒くさそうに息を吐くと、中年とは思えないような素早い動きで魔術師の後ろ腰を抱え右に反転した。
ドンと、地面に低い音が鳴る。流れるような美しい動作で、物部は魔術師のことを地面に投げ飛ばしていた。これは浮腰と呼ばれる柔道の投げ技だ。魔術師はぐったりと倒れたまま動かない。正に必殺の一撃。
「さすがは元オリンピック候補者。見事な投げ技ですね」雫は言う。
はぁ? オリンピック候補者? 物部の過去など何も知らない拓人が改めてその姿に目をやると、いつの間にか物部だった男が大柄なオカマへと形を変えていた。
「ちょっと、何なのよこの子? 逆恨みぃ?」
そこに立っていた見覚えのあり過ぎる人物は、以前宮下公園の管理室で絡まれた、かすみ園職員のキム子だった。これは先程、魔術師が赤間だった時と同じ幻術。雫が『同調』の能力で『幻術』をコピーし使用したようだ。
「んもう、首から血が出てるじゃないのよ。まったくぅ」
キム子は首を押さえつつ、視線を横に流す。すると硬直していた拓人とキム子の目が合ってしまった。
「あら、あなた英哲のとこで会った子よね?」
しどろもどろになった拓人が曖昧に「は、はい」と答えると、いきなりキム子が全力で抱きついてきた。
「もしかして、私のことが心配で来てくれたのね。うれしいぃー!」
キム子の鯖折りが無抵抗の拓人に炸裂する。
都心にある閑静な公園に、拓人の叫び声が遠く響いた。




