†chapter17 幻想のウィザード13
風に乗って疾走する拓人と雫は、勤労福祉会館前交差点を左折しフィンガーアベニューの緩やかな坂道を一気に下っていく。
まだ居てくれよ魔術師。
やがて神南郵便局前交差点に辿り着くと、右手に見えるタワーレコード渋谷店の前から大型トラックのクラクションの如き不必要に大きい怒声が聞こえてきた。
「痛い目にあわないと理解できねぇみたいだな、糞ガキッ!」
声の主は頭に巻いたバンダナの上にベースボールキャップを被っている。そして脇を固めるのは、ナイフを持ったBボーイ。あれは間違いなくマッドクルーの連中だ。
「懲りない人たちだ。理解できてないのは、学習能力のないお兄さんたちの方でしょ?」
そう言葉を返すのは、Bボーイたちの目の前にいるダッフルコートを着た小柄な少年。勿論、魔術師だ。
「あの子が魔術師ね」雫が視線を右に動かす。
「ああ。どうする?」
点滅する信号を斜めに渡りきる。どうすると聞いてはみたが、作戦を立てようにももう目の前にはマッドクルーの連中の背中が見えている。
「じゃあ、まずは危険物の処理から」
雫は拓人の手を離すと、右太腿に巻いたベルトに仕込んいる特殊警棒を取り出し振り抜いた。伸縮式の警棒が勢いよく伸びる。
風に乗って駆けていた拓人は前に向かって「おーい!」と声を上げた。声に反応したマッドクルーのメンバーが一斉にこちらに振り返ると、横から駆けてきた雫が特殊警棒を振るい、彼らの持つナイフを次々と叩き落とした。
「つっ! てめーは『黒髪』っ!!」
落ちたナイフを拾い上げようとするベースボールキャップの男の手を、拓人は素早く踏みつけた。
「子供相手に、刃物はないんじゃない?」
不意に現れた援軍に魔術師も目を白黒させている。それはそうだろう。しかもその援軍の1人は、先日デパートの屋上でやりあった相手なのだから。
「お、お前、やっぱり生きてたのか!?」驚いたように魔術師は言う。
当たり前だ。そう簡単に死んでたまるか。そんな思いで魔術師を睨みつけると、横で跪くキャップの男が怒りを抑えきれない様子で奇声を上げてきた。
「死にてぇのかテメーッ!!」
声と共に死角から風を感じ、拓人は反射的に1歩身を引いた。キャップ男の蹴りだ。奴は地面についた両手を支点にして、上段回し蹴りを放ってきたのだ。カポエイラの技のようなトリッキーな蹴り。
辛うじてそれをかわした拓人は、ローキックで支えになっている両手を崩した。
「魔術師は俺らの獲物だ。悪いけどここは退いてくれるか?」
素直に言うことを聞く連中ではないだろうが、彼らも魔術師が相手では勝ち目がないことはわかっているだろう。変に意固地になっていなければ、こちらに魔術師を譲ってくれるのかもしれない。そんな風に思っていた拓人だったが、返ってきた答えは予想していたものとは異なるものだった。
「誰なんだよ、てめーは?」
「えっ?」
立ち上がったキャップの男が眉を寄せて言う。周りにいる4人のマッドクルーメンバーもキャップ男と同じような顔で睨んでくる。
その時、拓人は思った。もしかしてこの人たち、集団でボコっといて俺のこと忘れてるんじゃないか?
「脇役がしゃしゃってんじゃねーよ。このガキしめるのは俺らの役目だ」
キャップの男はそう言ってガンを飛ばしてくる。誰が脇役だ。絶対にお前らの方がモブキャラっぽいくせに、冗談じゃねぇぞ。
反論しようと口を開きかけた丁度その時、タワーレコード前の道路と歩道を塞ぐような形で地面が隆起し、拓人たちの周りに高さ3メートルのアスファルトの壁ができた。
周りからどよめきが起こる。突然道を塞ぐ壁が現れただから当然だろう。相変わらず無茶苦茶な能力。道路を復旧させる工事の人のことも少しは考えろ。
「何のまねだ、魔術師?」
拓人は状況を確認する。アスファルトの壁の中は直径20メートル程の大きさで円状に広がっており、魔術師と拓人と雫、そしてマッドクルーの5人がそこに閉じ込められてしまっていた。
「お兄さんたち揉めてるみたいだから、わかりやすくしてあげたんだよ」魔術師は口を押さえくすくすと笑う。
「ここからは誰も逃げられないってわけか?」
高さ3メートルの壁は、通常の人間ならそう簡単に越えることはできないだろう。疾風の能力を持つ拓人なら、難しいことではないのだが。
「バトルロイヤルってやつさ。この中で最後まで立っていた人が勝者ね」
魔術師は人差し指を立てると、不気味に口元を歪めた。




