†chapter17 幻想のウィザード11
「どんな能力があろうとも、僕の魔法の前では役に立たないと思うけどね」
魔術師は自信ありげにほくそ笑む。まあハッタリの類ではないだろう。実際に魔術師の戦闘を目の当たりにしている拓人はそう感じていた。
しかし役に立たないかどうかは、この能力を見てからにして貰おう。拓人の足元で風が渦巻くと、身体を沿って頭上に昇っていった。
「風よ、強く吹け……」
拓人は硬い床を蹴った。一足飛びで魔術師の目の前に着地する。笑っていた魔術師もさすがに目を白黒させたが、拓人が腕を振りかぶるとすぐさま後方に退きそれをかわしてみせた。
「あっぶね!」
魔術師は後ろに下がりながら両手を前に突き出し、腹の底から叫び声を上げた。
「インフェルノッ!!!」
両方の手のひらから漆黒の炎が一気に吹きだした。しかし拓人は風と共に高く舞い上がり、その攻撃を華麗にかわす。
「何だその動き!? お兄さんもあのゴリラみたいな警備員と同じで進化した人間なのか?」
そう言われ拓人は閉口する。あんな化け物と一緒にされては非常に困る。
「どこにでもいる、ただの亜種だよ」
「ふーん、身体能力が上昇するタイプなのかな?」
魔術師はまだ拓人の能力が把握できていないようだ。ならば、あの手を使うか。拓人は風を抑え静かに対峙した。目の前で、明るさを伴わない炎が夕暮れの薄闇に灯る。先程よりも一回り大きい炎。挑発しようかと思ったが、その必要はなさそうだ。
「そろそろ決着をつけようか?」
拓人が尋ねるように聞くと、魔術師はそれに同意するように視線を合わせてきた。笑みを浮かべ頬の筋肉が動くと同時に、魔術師の目がギラリと光る。
「業火っ!」
魔術師の手の上の黒い炎が膨れ上がったその瞬間、拓人は風を呼び出し背後から勢いよく突風を吹かせた。『パイロキネシス』の使い手、犬塚にも使った逆風によって炎を相手に浴びせる戦法だ。
「行けっ!!」
しかし拓人の狙い通りにはならなかった。黒い炎はその強い風を逆流するように、拓人に向かって襲いかかってくる。
「うわっ!」
慌てて腕で顔を覆う。だが顔面に近づいたその瞬間、黒い炎は目の前で霧のように消えてしまった。
拓人は訳がわからずわなわなと肩を震わせた。なぜ風で弾くことができない。そしてなぜ、炎が途中で消えた。あいつは俺のことをおちょくっているのか……?
正面に目を向けると、そこには倒れている魔術師の姿があった。
「どういうつもりだ?」
拓人が言うと、魔術師も少し驚いたような顔をしてそこから立ち上がった。
「風の能力かぁ、びっくりした。自然を操るなんて面白い能力かもしれないけど、もう通用しないと思うよ」
魔術師は尻の辺りを叩きながらこちらを睨む。どうも魔術師は突風によって倒れていたようだ。彼の生み出す炎は風の影響を全く受けなかったのに、術者はそれに驚いて転倒してしまうなんて何だか滑稽だ。
「お前の能力は出鱈目だな。他の亜種の能力を無効化できるのか?」
拓人が言うと魔術師は不気味に笑い、左手に黒い炎を灯した。そして左手から広がった炎は腕を伝い、次第に身体全体を覆うような形で包み込んでしまった。
「もしかしてお兄さんは業火を跳ね返して僕に喰らわせたかったの? 悪いけど僕は、この炎では火傷しないからね」
「炎も通用しないのか……」
拓人が無意識に1歩後退すると、地獄の業火を身に纏った魔術師はくすくすと笑った。この状態では直接攻撃することも困難になる。
「さっきの攻撃は驚いたから途中で炎を消しちゃったけど、次は確実に丸焦げにしてあげるよ」
そう言って魔術師は舌舐めずりする。なぜ故にこの子供はこんなにも攻撃的なのだろうか? そう考えていたその時、ハチ公前広場で魔術師が『復讐』という言葉を口にしていたことを思い出した。
「なあ、お前が言う復讐って、一体何なんだよ?」
拓人がそう言うと、一瞬で魔術師の表情が消えた。怒りを通り越してしまったかのような真顔とでもいうべきだろうか?
「お前には関係ないことだ」子供らしからぬ低い声で魔術師は言う。
「関係のない人間に復讐するのか?」
そう問われると、魔術師は怒り狂ったように黒い炎を拓人に向かって投げつけた。
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れっ!!」
「熱っ! 熱っ! 熱っ! 熱っ!!」
拓人は疾風の能力で、それを素早く避けつつB館の扉に向かって駆けだした。彼の神経を逆なでしてしまったようだ。今日の所はこのまま逃げてしまったほうが無難かもしれない。
次々と炎を放ち、やがて身体に纏っていた炎が無くなると、魔術師は右手を天に掲げた。
「闇凍え……」
言葉に反応して、拓人は僅かに振り返った。冷気の結晶のような白い渦が魔術師の周りをぐるぐると回っている。氷系の魔法か? 竹村琴音の持つ『クリオキネシス』の恐ろしさを思い出し、思わず背筋が冷たくなった。
「氷晶壁っ!!」
白い渦が魔術の手を離れると、B館の扉に向かって一直線に飛んでいった。拓人に当たることはなかったが、その冷気によって扉は氷の壁に覆われてしまった。
まずい。逃げ場を失ってしまう。拓人は素早く踵を返すと、最大級の風を足元に吹かせて反対方向に跳び上がった。残された唯一の出口であるA館の扉に逃げ込むためだ。
しかし魔術師はB館の出口を塞いだ直後、すぐにA館の出口にも冷気を放っていた。一瞬で屋上中央まで移動していた拓人だったが、その時点でA館の扉は氷の壁で塞がれてしまっていた。
「退路を失ったか……」
拓人はゆっくり足を止め、屋上の柵に背中を預けた。少しだけ下を除くと眼下には渋谷の街が広がっている。だが高所恐怖症の拓人にとっては、そんなものは目に映らない。あまりの高さに目眩がし、足がすくむだけだった。
「そういうことだね。いっそ、ここから身投げしてみる? その方が男らしいかもね」
魔術師はまたくすくすと笑い、こちらに近づいてきた。
くそっ、舐めやがって。疾風の能力を使えばこんな所から飛び降りるのは造作もないことなのだ。本来であれば。
魔術師の身体の周りに白い渦が現れる。氷漬けにされてたまるかよ! 拓人は大きく深呼吸すると、意を決し手すりの上に跳び乗った。2メートル程の柵だったが、異常に高く感じる。足の裏が汗で湿り、膝ががくがくと震えた。
「え、えええぇぇぇっ!?」
本当に自殺すると思ったのか、魔術師は我に返ったかのように大きな声を上げた。馬鹿め、死ぬわけじゃない。ただその時、俺は心を殺した。
「……南無三」
目を閉じた拓人は手すりの上から後ろ向きに跳び上がり、そして繁華街の広がるビルの下へと断末魔を上げながら落下していった。




