†chapter17 幻想のウィザード10
「あかん! キョージンやっ!!」
上条は声に発するよりも先に駆けだしていた。背後から来るキョージンを目で確認しつつ、拓人も上条の後を追った。
「何でこんなところにまであいつが!?」
拓人と上条はゆっくりと上昇するエスカレーターを勢いよく駆け上がる。階段から5階に上がってきたキョージンは、逃げる2人の姿を確認すると、大きく鼻を鳴らしこちらに突進してきた。
「西部百貨店とウエスタン警備保障は、両方ともウエスタングループの会社やからな。別におってもおかしくないやろ」走りながら上条は言う。
「いや、いる可能性があるなら、のこのこ入ってくんなよ! 俺らが袋のねずみじゃねーかっ!」
魔術師はキョージン登場を見込んでここに逃げこんだのだろうか? 子供のくせに中々の策士だ。
上るエスカレーターが地震でも起きたかのように大きく揺れる。キョージンがすぐ下まで追いついているようだ。
「上に逃げて、その後どうするつもりだ! 行き止まりなんだろ!?」
前に向かって拓人が声を上げる。1階から7階までの階段移動で、足の筋肉はすでにパンパンに張っている。
「思い出したんや。3階と5階だけやなくて、確か屋上もB館と繋がってたはず」
「屋上!?」
つまり上条が言うのは、このまま8階レストラン街の上にある屋上まで上り、そこからB館に渡って1階まで下りるというハードなプランのようだ。
「明日の筋肉痛は逃れられないな」
拓人は何かを諦めたようにそう言うと、膝を曲げ前にいる上条を一跨ぎに飛び越えた。『疾風』の能力だ。
「お先にっ!」
8階の床に着地すると、そのまま屋上に続く階段を駆けて上がって行った。
「ちょ、仲間やろ。俺も連れてけや!」
叫ぶ上条を完全に無視して、階段上の扉を開き屋上に駆け出た。錆びた鉄のような古臭い匂いがする。狭い屋上には使われなくなった児童用遊具施設があるだけで、客も店員も誰もいないようだった。
まさか1日に2度もデパートの屋上にくるとはな。そんなことを考えながらB館に向かって小走りで駆けていくと、不意にくすくすと子供の笑う声が聞こえてきた。
立ち止まり笑い声の聞こえた方向に振り返る。誰もいないと思っていたが、そこには何とキャメル色のダッフルコートを着た、魔術師の姿があった。最悪のタイミングだ。
「お兄さん、もしかして僕のこと狙ってるの?」
魔術師は耳に着けていたごついヘッドフォンを外しそう言うと、またくすくすと笑った。B-SIDEの親衛隊長、三浦につけられた頬の傷が、まだ赤く残っている。
「魔術師だな。お前が悪さするせいで、警察が困ってるらしいぞ」
それを聞くと魔術師は、さも嬉しそうに口を開いた。公僕にひと泡吹かせたことが満足だとでも言いたげな様子だ。
拓人はA館の扉に目を向ける。上条はまだ屋上に現れない。
「お兄さんの仲間なら、ゴリラみたいな警備員に捕まってたよ」
こちらの視線に気付いたのか、魔術師はそう言って扉を指差した。拓人の身体が鉄のように冷たくなる。
「あの生き物何なの? 進化した人類? それとも退化した人類? まあ、どっちでもいいんだけどさ」
魔術師はそう言って茶化した。どうやらキョージンがいるからここに誘い込んだわけではなく、ただ単に俺らの運が悪かっただけのようだ。
「お兄さんも亜種でしょ? 仲間を助けに行きたいだろうけど、お兄さんには僕の遊び相手になって貰うよ」
魔術師の周りから邪悪な黒いオーラが現れ、煙のように上昇している。奴はやる気のようだ。
「暇でも持て余してんのか?」
魔術師は黙って笑みを浮かべる。無論こうなることを望んで追ってきたわけだが、果たして俺1人でこいつを倒すことができるのだろうか? 上条のことも心配だが、今は自分のことを考えよう。拓人は肩の力を抜き深く息を吐いた。
「あんまり粗相が過ぎると、いつか痛い目に会うぞ」
「あはははは。説教なら僕に勝ってからしてくれるかな?」
魔術師は両方の手のひらに黒い炎を宿らせた。雨に打たれても消えることのなかった、謎のどす黒い炎。
「業火っ!!」
黒い炎は大きく膨れ上がったかと思うと、矢のような勢いで拓人に襲いかかってきた。大きく後退してそれをかわす。先程までいた所で、黒い炎がバチバチと燃えている。
「どう? この僕に勝てそう?」
子供に煽られ、拓人は思わず苦笑した。
「お前は魔法を使うんだってな」
「そうさ。僕は魔術師だからね」
魔術師は自身たっぷりにそう言うと、再び手のひらに炎を宿した。紫がかった黒い炎が、彼の手の上でゆらゆらと揺れている。
西部百貨店渋谷店の上空に風が吹いた。拓人も迎え撃つ覚悟はできている。
「俺はお前の能力を知っている。だがお前は、俺の能力を知らない。そこが命取りになるかもな」




