†chapter17 幻想のウィザード09
A館3階、婦人服・アクセサリー売り場。階段横の案内板にはそう表記されていた。
「静かだな……」
上ってきた階段の正面右手にB館と繋がる渡り廊下があるのだが、その手前に立っている案内係の男性店員は何事もなかったかのように姿勢よく佇んでいる。
「あの人に聞いてみよか?」
上条は前に進むと、その案内係に声をかけた。話しかけられた案内係は手で上を示している。上条は礼を言い、こちらに戻ってきた。
「丁度今さっき、中学生くらいの子供が、階段駆け上がってったらしいで。5階にも渡り廊下あるから、そっちかもしれへん」
「えー、話しがちげぇ。何だよ5階って……」
拓人は溜息交じりにフロアの中央に目を向ける。そこには文明の利器エスカレーターが設置されていた。
「えーやないわ。よそ見せんと、はよ行け!」
上条は拓人の背中を押し、無理やり階段の方に押し進めた。
「せめてエスカレーター使おうよ!」
「現代っ子か! エスカレーターで行ったら、すれ違った時追いかけるの面倒やんけ!」
「そんな正論、聞きたくねーよ!」
必死の願いも空しく、拓人は上条に押されながら渋々階段を上って行った。
そして5階。目の前にコンサバ系ファッションを着せられたマネキンが数体倒れており、女性店員がいそいそとそれを立て直している。魔術師が逃げた際に倒していったのだろうか?
「やっぱり5階でビンゴやな」
上条は前に進み、その女性店員に声をかけた。マネキンを抱えた女性店員は何やら手で上を示している。これは絶望のシグナル。上条は表情もなく、振り返りこちらに戻ってきた。
「すまん、拓人。魔術師は上に行ったらしいで」
「嘘だーっ!!」
拓人は否定した。女性店員が手を上に示した時点で薄々は感づいていたのだが、そんな考えを打ち消すかの如く強い口調で否定した。
「店員さん台車でマネキン運んどったら、渡り廊下でいきなり子供がぶつかってきたんやって。そしたらその子供、慌てて上の階に逃げて行きよったらしいで。けどまあ、上に逃げたんなら袋のねずみや。流れはむしろこっちにきとるで」
上条は言うが、拓人は疑惑の眼差しを向ける。
「わかった、わかった。ほんなら挟み撃ちにしよう。拓人はエスカレーターで上に行って、俺は階段から奴を追いこむ。これでええやろ?」
不貞腐れていた拓人だったが、そう言われてしまったら同意せざるを得なかった。
「じゃあ、それで行こう」
そう言うと、上条はにやりとはにかんだ。
「もっと俺に感謝してもええで。いや何やったら、俺のことを尊敬してもええんやで」「するかアホ」
食い気味にそうつっこむと、何が嬉しいのかはわからないが上条は大きく口を開けて引き笑いをした。何だこいつ?
上条のことを無視した拓人は、エスカレーターの向こうに見える6階に目を向ける。するとその時、天井に設置されたスピーカーから館内アナウンスが流れだした。
「ご案内申し上げます。ニシベマモル様、ニシベマモル様。いらっしゃいましたらA館5階、サービスカウンターまでお越しください」
ピンポンパンポン―――。
アナウンスが終了すると、上条は何かに気付いたように目を見開いた。
「これは朗報や」
しかし意味のわからない拓人は、ただ眉をひそめた。
「何だよ朗報って? 尊敬はしないって言ってんだろ」
「いや、そのことやない。今、流れたアナウンスのことや」
「アナウンス?」
急にそんなことを言われても、館内アナウンスなど聞き流しているのが常である。覚えているはずもない。
「アナウンスがどうかしたのか?」
上条は右手を口の横に添えると、小声で話し出した。
「さっきのアナウンスは、この西部百貨店の隠語やねん」
「いんご?」
「ニシベマモルいうてたやろ? あれは不審者情報のことなんや。つまり今のは、A館5階に怪しい人物が現れたことを警備の人に伝えるアナウンスやったんや」
「ほう」
拓人は息を吐きながら相槌を打つ。成程、その隠語だったか。ではそこに行けば、魔術師がいるかもしれないということか。
「じゃあ、警備員より先にそこに行こう。どこって言ったっけ?」
「A館5階や」
「ここは?」
2人は階段横の案内表示に目を向けた。A館5階、婦人服・雑貨売り場。そこにはそう表示されていた。
「A館5階やな」
そこで拓人と上条の2人は顔を見合わせる。もしかして不審者って、俺らのことじゃないのか?
その時、背後に気配、いや殺気を感じ、2人は本能的に振り返った。階段の下から紺色の警備服を着た大柄の人物が、のそのそと上ってきている。制帽を被っているので上から顔を覗き見ることができないのだが、そのシルエットを目にした瞬間、心の底に眠っていた恐怖の感情が一気に目を覚ました。
ゴリラのような立ち姿。右手に持つブラックジャック。ゆっくりと階段を上ってくるその人物は、何とウエスタン警備保障のキョージンだった。




