†chapter17 幻想のウィザード08
貞清の言葉を受け、拓人は改めて入口に立つ女に目を向けた。紺色のスーツに大きな黒縁眼鏡。はっきりとは思いだせないが、確かに昼間見たあの秘書の女に良く似ている気がする。
「わたくし、物部の秘書を務めております、橋本と申します。実は警察の方にご相談したいことがありまして」
秘書の女は丁寧な口調で言った。まだ20代前半くらいに見えるが、何とも落ち着いた物腰だ。
貞清は部屋の端に追いやっていたワークチェアを2つ持ってきて、その片方に腰を下ろした。
「それでは話を聞きましょう。どうぞお座りください」
秘書の女は目礼をしそこに座ろうとしたのだが、何かの拍子にその場で振り返った。表情の無かった秘書の顔が、明らかに動揺を見せている。どうかしたのだろうか?
拓人は秘書の女の視線の先、交番の外に目をやる。前を通る井の頭通りを、勢いよく駆け抜けていく子供の姿。キャメル色のダッフルコートを着た子供。あれは……。
「『魔術師』だ!!」
拓人は叫んだ。おかっぱ頭に大きなヘッドホン。それはハチ公前広場で目撃した、魔術師と呼ばれる少年で間違いなかった。
「ほう、噂をすれば何とやらやな」
遅れて上条も入口に歩み寄る。しかし魔術師は既に遠くまで行ってしまい、豆粒ほどの大きさでしか確認することができなかった。
そしてその後を追うように、ヒップホップ系ファンションで身を固めたBボーイ4人組が通りを駆けて行く。ちなみにBボーイとは本来ヒップホップではなくブレイクダンサーのことを指した言葉なのだが、何故か日本ではヒップホップ文化が好きな人という意味になっているらしい。しかし2065年現在では、どちらも絶滅危惧種と揶揄されるほどマイノリティな存在だ。
「おら、ガキ。待てコラーッ!!」
野太い声が渋谷の街に響いた。歩道を歩く一般人たちは、因縁を付けられないように綺麗に端に寄って暴走するBボーイをやり過ごしている。
「あの連中はマッドクルーやな。1度負けてるくせに、4人がかりとはこっすい奴らやで」上条は鼻を擦りながら言った。
「俺らも追うか?」
魔術師はファストファッションブランドのビルやデパートのある方角に向けて走っている。疾風の能力を使えば追いつけるだろうが、建物の中に逃げ込まれてしまうと捜すのが厄介だ。
「魔術師の能力がどんなもんか、見せて貰おうやないか。拓人、超特急で頼むで!」
「了解」
拓人は上条の手を掴むと、交番の中に突風が吹き込んだ。倒れそうになったフルートグラスをみくると貞清が素早く受けとめる。
「ちょっと、こんな狭いところで能力使わないでよ! 危ないでしょっ!」
みくるはそう言ったようだったが、拓人たちはそれを聞き終る間もなく、ロケットスタートで交番から飛び出して行った。
背後からの風に包まれながら井の頭通りの真ん中を掛け抜けていく。マッドクルーの4人をあっという間に追い抜いた拓人は、膝を曲げるとその場で大きく跳び上がった。前から迫りくる路線バスの天井を蹴り上げもう1度ジャンプすると、突然目の前に、道路の上に架かるデパートの渡り廊下が現れた。
「あぶねっ!!」
拓人は逆風のブレーキを吹かせつつ、身体を反らせてそれをかわした。前に進む勢いを失った拓人は、そのまま歩道の上に見事着地した。隣の上条は足を踏み外し見事に横転した。
「いったっ!」
痛がる上条を無視して、拓人は目の前のデパートを見上げた。追いかけながら魔術師の姿を追っていたのだが、どうもこの建物に入っていったようだ。
「超特急頼んだのにジェットコースター出すなや! 俺がクレーマーやったら訴えとるでぇ」
上条は尻を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「圭介くん、尻もちついてる場合じゃねぇよ。マッドクルーも来てるし、さっさと追いかけよう!」
「何や、魔術師の奴、西部百貨店に逃げ込んだんか?」
「うん、間違いない。こっから入っていくのが見えたんだ」
「よっしゃ。ほんなら行こか」
拓人と上条は西部百貨店の中に足を進める。大きな自動ドアを潜ると、化粧品の甘い匂いが鼻をついた。
「このフロアにはいないみたいだな」
天井の高い1階フロアは化粧品売り場になっている。見通しもよいし、男子中学生が迷い込んだらすぐにわかるだろう。
「逃げるなら、恐らく上の階やろな」
上条は左手を指差した。そこには上と下のフロアを繋ぐ階段がある。
「何で上? 地下に行ったかもしんないじゃんか」
「いや、地下に行っても行き止まりやろ? 俺なら3階の渡り廊下を使ってB館に逃げるで」
西部百貨店渋谷店にはA館、B館があり2つの館は3階と5階にある渡り廊下で繋がっているのだ。
「成程。リーダーさすがだな」
上条の言う通りだと思ったので、拓人はそれを認めた。だがあまり素直に受け止めるのも癪に障るので、そんな時は少し小馬鹿にするように上条の事をリーダーと呼ぶことにしている。ただ本人はそんな皮肉に気付いているのかいないのか、満足そうな顔でこちらに笑みを返した。屈強なメンタル。いや、ただの馬鹿だ。
「あかん、マッドクルーの連中が来とる! わけわからん因縁つけられても面倒やから、とっとと上に急ぐで!」
上条に言われ、拓人は入口に振り返った。鬼の形相をしたBボーイ4人組が、デパートの前で息を切らし辺りを窺っている。
「チェケラッチョ、こえーなぁ」
拓人と上条はこっそりと移動すると、静かな階段をバタバタと駆け上がって行った。




