†chapter17 幻想のウィザード07
「魔力を秘めた香り……?」
拓人は無意識にそう呟いた。周りの視線が集中したことで、自分が声を発していたことに気付いた。
「どうかしましたか?」貞清尋ねてくる。
「いや。何かその台詞、どっかで聞いたような気がしたんだよなぁ」
拓人は頭の中で記憶を辿る。ここ数ヶ月の間に耳にした覚えがあるのだが……。
「それあれや。黄くんたちとフレンチ食いに行ったときに琉王さんが言っとったことやろ」
上条に言われ、拓人は「あっ」と声を上げた。そうだ思い出した。琉王にCachetteというレストランに連れて行って貰った時、彼はスパークリングワインを飲みながら先程と全く同じ台詞を言っていたのだ。
「そうか、そういうことか」
確かあの時、琉王はその「本当に美味しいシャンパンには、人を魅了するような魔力を秘めた香りがある」という言葉を知り合いの刑事から聞いたと言っていた。その刑事とは貞清のことだったのだな。
拓人はグラスのふちに顔を近づけ、香りを吸い込んだ。宝石を溶かして液体にしたような、美しい色と高貴な香り。貞清さんは琉王さんとこのシャンパンを飲むことを楽しみにしていたのだろうな。
アルコールのため顔が少し火照ってきたが、拓人はそのシャンパンをもう1口だけ飲みこんだ。飲む人の心を魅了するような魔力を秘めた香りの酒……。
「そう言えば魔力で思い出したんだけど、今日ハチ公前で『魔術師』と出くわしたんだよ」
「魔術師?」それを聞いたみくるは目を細めた。「何それ?」
「魔術師ってあれか? この間、雫ちゃんが言ってたチンピラ狩りしとるいう奴やろ」
上条がそこまで言うと、みくるは何かを理解したように「はい、はい」と相槌を打った。
「そう言えば聞いたことある。確か『マッドクルー』を1人で叩きのめしたっていう子供のことでしょ?」
「子供!? そうなん、拓人?」
子供と言われると上条は驚いたように、こちらに目を向けた。
「そうなんだよ。最初はフード被っててよくわからなかったけど、背も低いし幼い顔だった。恐らく中学生くらいなんじゃないのかな?」
拓人はあの時のことを思い返す。容姿は確かに中学生だったが、目の奥に潜む狂気は只ならぬものがあった。この世に絶望した人間が持つ憎悪の瞳。
「しかし、マッドクルーの連中は中坊にやられてもうたんか。哀れやな」
上条は気の毒そうに息をつく。もしも、それが自分のチームだったらと考えているのだろう。渋谷で天下を狙っている上条にとっては絶対にあってはならないことだ。
「ところでそのマッドクルーって、どんなチーム?」
有名なチームならある程度頭に入っているが、それは拓人にとって初めて聞く名前だった。
「特別少年院で結成されたいう、ヤクザの予備軍みたいなチームやで。亜種はおらんけど刃物やら使いよるから、普段なら喧嘩売る奴はおらんねんけどな」
「全員年少上がりなのか? 気合い入ってんな」
拓人はナイフを持ったモヒカン刈りの暴徒を思い浮かべて、思わず背筋が縮こまった。しかし昼間見た魔術師の実力なら、人外の能力を持たない人間を倒すことなど造作も無いことだろう。
「ほんでその魔術師いうガキは、ほんまに魔法使ってきたんか?」
どうも上条は、その魔法能力に対して懐疑的な印象を持っているようだ。だが拓人は、この目でしっかりとその能力を確認していた。悪魔が出現しそうな黒い炎。大気を白く濁らせる、凍てつく氷の壁。そして三浦の持つ『障壁』の能力の無効化。奴は正しく魔術師に違いない。
「ほんとの魔法使いだよ。雫の『同調』の能力でもないと、勝つのは難しいんじゃないか」
戦ってもいないのに負けを認めるつもりはないが、正直あの魔術師の能力は未知数過ぎる。拓人は苦虫を噛み潰したように顔をしかめさせた。
「渋谷の治安を守る者として、私も魔術師さんには丁度困っていたところですよ。スターダストの皆さんに解決して貰えれば、非常に助かるのですが」貞清がそう言って1歩歩み寄る。
「貞清さんでも手に負えないの?」
「捕まえるのは簡単ですが、まだお子様のようなので困っています。わたくし手加減というものができない性質でして」
自分が手を出せば殺しかねない。貞清はそう言っているようだ。
「どうする?」横にいる上条に小声で問い掛けると、「警察に恩を売っとくんも悪くないで」という答えが返ってきた。
「なら魔術師は俺らが捕まえるよ」
拓人が言うと、貞清はにんまりと笑いワインクーラーの中からボトルを取りだした。
「助かります」
貞清は半分ほど減った拓人のグラスにシャンパンを注ぎ、それぞれのグラスにも均等に注いでいった。こうして彼の所作を眺めていると、本当に盲目なのかと疑って見てしまう。
「それでは改めて乾杯しましょう」
貞清はグラスを差し出した。契約の締結だ。
しかし皆がグラスを持ち上げたその時、交番の入口に1人の訪問者が現れた。その女はこちらと目が合うと、眼鏡越しに大きく目を見開いた。警官が勤務中に酒盛りをしているのだから、至極当然のリアクションだ。
「御免やけど、今日はもう営業時間終わりやねん」
上条は悪ふざけの延長でそう言う。女はそれを無視して「あのー……」と話しだすが、すぐに言葉を詰まらせた。
「何の御用でしょうか?」
貞清は女性に対し、執拗に近づくとくんくんと匂いを嗅ぎだした。セクハラまがいの行動だが、目の見えない貞清はこうやって人物の記憶や個人を特定を行っているのだ。
「はて? この匂いには覚えがあります。あなたはもしかして、物部雲海先生の秘書の方ではないですか?」




