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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter17 幻想のウィザード
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†chapter17 幻想のウィザード06

 「それはそれは、とんだ誤解を与えてしまい誠に申し訳ございませんでした」貞清は深々と頭を下げ謝罪する。


 ここは井の頭通りを進んだ先にある三叉路の中央、宇田川交番。琉王るおうの妹と会うなら連れて来てくれと貞清に言われていたのでここまで来たのだが、その理由は他愛もないことだった。琉王と飲むために購入していたシャンパンが余っているので、代わりに皆で飲みましょうということらしい。


 「ちゃんと説明しておいてくれたら、こんな目に合わずに済んだのに……」

 拓人は頭突きを受け、腫れてしまった額をそっと撫でた。ナポレオンフィッシュのような巨大なコブがじんじんと熱い。


 「女性はサプライズが好きだと窺っていたので色々準備していたのですが、裏目に出てしまいましたね」

 貞清は部屋中央に置かれたワークデスクに手をついた。その机には不釣り合いな白いテーブルクロスが掛けられ、フルートグラスが4つと、氷の入ったワインクーラーが置かれている。this is a 場違い。1980年代にあったというバブル景気の頃でも、交番でパーティする馬鹿はいなかったのではないだろうか。


 「けど、シャンパン開けるだけなのに大袈裟じゃない? 何かのお祝いでも兼ねてるの?」

 みくるはテーブルの上を指でなぞる。高級レストランのように皺1つないテーブルクロス。シャンパングラスもそうだが、何でこんなものが交番に置いてあるのだろう? 東京の交番は極めて前衛的だ。


 「良く気付いてくれました。実は渋谷駅前地区の後任が決まったため、わたしくこの度、本庁に戻ることになりました。なので自分主催ですが、これは送別会ということでお願いします」貞清はそう言ってまた頭を下げた。


 渋谷駅近辺を管轄していたてい巡査が亡くなって以降、このエリアは警視庁捜査一課所属の貞清が暫定的に務めていたのだが、ようやく担当する人間が決まったのだという。


 「巡査の代わりが見つかったんか。貞清さん良かったなぁ」

 奥の部屋から上条が、ビニールのフィルムに包まれたシャンパンを持ってきた。ジュエリーのように美しい、ピンキーゴールドのボトル。何やら高級品のような雰囲気だ。


 「貞清さん、そのシャンパンって有名なやつ?」

 「そうですね。クリスタルっていう、最高峰のシャンパーニュですよ」

 貞清は自信ありげににっこりと微笑むが、サングラスの周りに見える顔の筋肉はあまり笑っていないように感じた。


 「最高峰っていうくらいだから値段も高いんでしょ? 俺らになんか飲ましちゃって良いの?」

 「勿論ですよ。琉王くんが君たちのために開けてくれと言ってましたからね」

 貞清は上条からボトルを受け取ると、ビニールの袋をおもむろに剥がした。「それでは、開けましょう」


 上部を押さえながら金具を外し、斜めにしたボトルをゆっくり回転させ静かにコルクを抜いた。シュッとガスが抜ける音がすると、すかさず貞清はくんくんと鼻を動かした。拓人も真似して香りを嗅いでみるが、隣にいるみくるの香水の匂いしか感じることができなかった。


 「それじゃ、4つ分注いじゃいますよ」貞清は言う。 

 「いや、貞清さん。こいつまだ未成年やからお酒飲ましたらアカンよ」

 上条は鬼の首を取ったように、拓人を指差す。


 「あっ、未成年でしたか。けど大丈夫。本来なら私も勤務中だし、お互い口外しないようにすればノープロブレムです」

 貞清は人差し指を口元に当てて、これは内緒であるというポーズをした。さすが不良警官。果たして日本の治安はこれで大丈夫なのだろうか?


 注ぎ終わり、それぞれフルートグラスを手に取ると、上条がアイコンタクトを送ってきた。乾杯の音頭を取れと俺に言っているようだ。

 やったこともないようなことなので拒否したかったが、だらだらしていても折角御馳走してくれる貞清さんに悪い。拓人は仕方なく、見よう見まねで乾杯の音頭とやらに挑戦してみた。


 「それでは貞清さん、今までお疲れさまでした。警視庁に戻ってもお仕事頑張ってください……」

 このくらいしか思いつかないが、こんな感じで良いのだろうか? ちらりと上条に目をやると、彼は「上出来だ」と言わんばかりの顔で頷き、「かんぱーいっ!」と声を上げた。最後だけ持って行きやがった。交番内にて乾杯泥棒が発生です。


 不貞腐れながらもグラスを傾け、1口飲み込む。正直酒の味などわかりはしないが、初めて飲むシャンパンはとても気品高く、甘美な余韻が口の中にいつまでも続いていた。


 「どうですか、クリスタルの味は?」

 貞清に問われたが、拓人は道に迷った子犬のように首を傾げた。

 「何て言うんだろ? ワインの価値何て全然わからないけど、繊細でありながら人の心に訴えかけるような力強さを感じた……かな?」


 そう言うと、間髪いれず上条が吹きだした。

 「さすが、拓人は食通やな。言うことが違うわ」

 「うるせぇな。味の良し悪しはわからねえよ。心を奪われたように感じたから、そう言ったまでだ」

 拓人はむっと顔をしかめたが、正面に立つ貞清はそれとは反対に神妙な面持ちで口を開いた。


 「本当に美味しいシャンパンには、人を魅了するような魔力を秘めた香りがあるって言いますからねぇ」


 その台詞を耳にした瞬間、拓人は何故なのか記憶の引き出しが微かに開かれたような感覚を覚えた。

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