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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter16 綺羅星の街
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†chapter16 綺羅星の街05

 八神が店から出ていったのを見届けると、上条は静かに肩の力を抜いた。


 「……や、やばかったな」

 背中から下腹部にかけては寒気がするほどひんやりしているのに、握っていた手の中だけは汗でびっしょりと濡れている。八神に睨まれたその瞬間、上条は矢で胸を射ぬかれたような感覚を覚えていた。湿った手で服の上から胸を撫でる。勿論実際に射ぬかれたわけではないので、そこに痛みはない。


 「一体、何がやばいの?」

 背後から突然そう言われ、上条は座っていたハイスツールから転げ落ちた。

 「痛っ!」

 背中を打ち付けた上条は仰向けになり天井を見上げた。その先には、不思議そうな顔で見下ろす天野雫の顔があった。


 「何や、雫ちゃんかぁ。驚かさんといてや」

 上条は腰を押さえつつ立ち上がる。しかし、雫はいつの間に来ていたのだろう?


 雫は寝転ぶ上条を遠周りで避けると、拓人の横の席に腰を掛けた。

 「さっき私とすれ違いで出ていった人、もしかして元B-SIDEビーサイドの八神透?」

 「せやねん、せやねん。雫ちゃんも顔見知りなんか?」

 上条はカウンターに両肘を乗せ、静かにハイスツールに腰を下ろした。床に尾てい骨を打ち付けてしまったようだ。座ると腰の下に痛みが走る。


 「ううん。施設にいた時顔を見たことはあるけど、知り合いってほどではないわ」雫はみくるの顔を窺いながら言う。

 「そうか。八神もかすみ園出身なんやな」

 それは先程、暴露の能力で暴いたことだった。しかしまさかB-SIDEの2代目頭、八神透とみくるちゃんが顔見知りだとは知らなかった。


 「かすみ園って、みくると琴音ちゃんがいた施設だよな? ってことは、さっきの八神とかいう男はみくるの幼馴染なのか?」何も知らない拓人が口を挟む。

 上条もみくるに目を向けたが、彼女はいかにも面倒くさいといった表情でグラスを拭いている。


 「ええ、そうよ。透は確か両親に虐待を受けたか何かで、かすみ園に来たって言ってたわ……」

 「ふーん、そうなんか。どんな奴なん?」

 腰の痛みが治まってきた上条は、尻を動かしハイスツールに深く腰掛ける。視線の先にいるみくるは、目を横に反らすと躊躇ためらいがちに小さな口を開いた。


 「歳は琉王るおうの1つ上の27歳。透がまだB-SIDEの頭だった頃、琉王に喧嘩売って返り討ちにあった挙句、チーム内で当時ナンバー2だった鳴瀬にその地位を奪われ、そしてこの街を去って行ったのよ」


 店内に流れるBGMが丁度終了し、4人の周りに暫し沈黙が流れた。いつも真新しいスーツを身に纏いどんな時でもクールに決めている琉王が、チンピラと喧嘩している姿など想像することもできなかった。恐らく皆も同じことを思っているのだろう。やがて店内には次の曲が流れ始める。

 「八神と琉王さんは仲が悪かったんか?」


 その質問にみくるは首を振る。

 「琉王と透は元々仲が良かったんだけど、弟のように可愛がっていた琉王が『道玄坂ヘヴン』の成長と共にどんどん知名度を上げていったのが、透はともかくマコトにとって面白くなかったみたいだわ」


 上条は首を捻る。「ちょっと待って、急に登場人物が増えたな。そのマコトって奴は誰や?」

 「あっ、ごめん。マコトは透の別人格よ」

 「は? 別人格?」

 予想していなかった言葉に、上条は口を大きく広げた。


 「そう。八神透は解離性同一性障害なのよ」

 聞き慣れぬ言葉が頭の中を踊る。かいりせい……、何だっけ?


 「わかりやすくいうと多重人格者ってこと」言葉が通じていないことを察したのか、みくるはそう付け足した。

 「多重人格者? そういうことか。せやからあいつ途中で人が変わったみたいに豹変したんか?」

 八神は確かに店にやって来た時は一人称が『僕』だったのに、店を出る時には『俺』に変わっていた。二重人格って本当にあるのだな。初めて多重人格者に会った上条は少しだけ胸が熱くなった。


 「最初に話していたのは『透』という主人格で、途中で変わったのが『マコト』っていう別人格。昔から渋谷にいる住人なら皆知っていることよ。ね、雫?」


 みくるの言葉に雫は頷き、そして背負っていたキャンバスリュックから取りだした紙の束をカウンターの上に広げた。

 「八神透って今でも渋谷区の賞金首みたい。この一番上のポスターがそう」

 「ほう、これが渋谷区の手配ポスターやな。どれ、見せて」上条が身を乗り出す。


 3種手配犯、八神透。そう書かれたポスターにはまだ眉間の傷がない八神の顔が写っている。

 「賞金首なら話が早いな。八神透は俺らの敵や。みくるちゃんもそれでええか?」


 聞いたが、みくるは否定も肯定もせずに手配ポスターに目を向けている。それほど仲が良かったわけでもなさそうだが、やはり敵と認めるには幼馴染としての葛藤があるのかもしれない。


 雫はキャンバスリュックを背負い直すと、八神の手配ポスターを手に取った。

 「けど一度は引退した彼が、今更何をしようと言うの?」

 「新しいチームを作るらしいで。雫ちゃんは『VOLTボルト』ってチーム聞いたことあるか?」

 手配ポスターを持ったまま、雫は無表情で頬を膨らませる。「聞いたことないけど」


 「それが八神の作ったチームなんやって」

 「ふーん」雫は手配ポスターを他のポスターの上に重ねた。「で、やりあうの?」


 それは愚問だ。上条は残ったノンアルコールビールを飲み干し、グラスを強くコースターの上に置いた。

 「こっちも新興のチームやし、相手にするには丁度ええやんか。多重人格だかなんだか知らんけど、出来たてのチームなんかに負ける気がせえへん!」

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