†chapter16 綺羅星の街04
「ありがとうございました」
奥の席に座っていた若いカップルが店を出ていく。みくるは拓人が食べ終わったロコモコの器を下げると、奥のテーブルを片づけるためトレイとキッチンダスターを持ちカウンターを出ていった。
「どうや? ウチのロコモコは旨いやろ?」
上条が聞くと、拓人は素直に頷いた。
「ああ、グレイビーソースが滅茶苦茶旨かったな。醤油か何か隠し味に入れてんのか?」
そう指摘され上条は少し動揺した。この店のグレイビーソースのレシピなど知らなかったからだ。
「お、おう。よう、わかったな……」
適当に口を濁すと、拓人は「やっぱりそうか」と先程の味を思い出すように舌舐めずりした。
この男、琉王さんに連れられてフレンチレストランに行った時は高級な物は口に合わないとか言っていたくせに、意外とグルメだったりするのか? そう言われてみれば10代のくせに変にコーヒーの味にこだわりを持っていたり、実はこう見えて違いのわかる男なのかもしれない。
「まあ、グレイビーソースに醤油を使うんは、日本では珍しいことでもないしな」
顔を引きつらせた上条が苦し紛れに適当なことを言うと、店の奥で何かが落ちる音がした。カランカランカランという音と共に、丸いトレイが床の上で円を描きながら転がっている。
トレイを落としたみくるを見ると、彼女は目を丸くして何やら入口を一点に見つめていた。
「あ、あなたは、透……?」
若干声を震わせながらみくるが言う。訝しげな顔で入口に目を向けると、そこにはアッシュブラウンの長い髪に黒いライダースジャケットを羽織った背の高い男が立っていた。
「久しぶりだな、みくる。でっかくなったな」
男は親しげな雰囲気でそう話しかけ、店内を見回す。そしてカウンターにいる上条と目が合うと、そのまま横のハイスツールを引き腰掛けた。上条が眉をひそめる一方で、男は不気味な微笑を湛えている。その男には眉間の間から右の頬にかけて大きな古傷があり、その気味悪さをより一層際立たせていた。
「君がスターダストの上条か?」
出し抜けに言ってくる。虚を突かれた上条は思わず眉を上げた。
「俺のことを知っとるんか?」
「まあ、渋谷の情勢を少し勉強してるんでね」
長髪の男がそう言うと、奥のテーブルを片づけてきたみくるがカウンターに戻って来た。
「琉王がいなくなったから渋谷に帰って来たのね」
そう言われると、長髪の男はそれは心外だとばかりに息をつき、胸の辺りで腕を組んだ。
「それは違う。僕が渋谷に戻って来たのは、まだ琉王が警察に捕まる前の話だ。この街でチームを作ろうと思ったんだよ」
「また? 全然懲りてないのね」
みくるは呆れたようにそう言うと、男の前に紙製のコースターを差し出した。
「懲りるような性格なら始めから悪党なんてしてないだろ。みくる、ラフロイグをロックでくれ。ダブルな」
「わかったわよ……」
みくるは背後に並ぶラフロイグ10年の瓶を手に取り蓋を開ける。ツンとするピート臭がカウンターに漂った。
この男は一体何者だろうか? 背は高いが線は細い。チームを作ると言っているくらいだから喧嘩は強いのかもしれないが、見た目はそれほど凶悪な男には感じられない。上条は『暴露』の能力を使い、長髪の男の素性を暴いた。頭の中に情報が流れ込む。
かすみ園で育った、みくると琉王の幼馴染。そして高校時代にB-SIDEに入り、その後2代目頭に就任する。その情報で上条は我に返った。
「えっ!? あんた、B-SIDE先代頭の八神透なんか!?」
男はアッシュブラウンの長髪に手櫛を入れ、そしてどこか遠くを見るように目を細めた。
「昔の話だ……」
みくるがラフロイグのダブルロックをコースターの上に置くと、八神はグラスの中の氷を指で回しそして一口飲みこんだ。
「くそーっ、正露丸くせー!」
アイラモルト特有のスモーキーなフレーバーに、八神は堪らず鼻を曲げた。しかし臭いが嫌なら何故、果敢にも香りの強いラフロイグを選ぶのだろうか? 意味がわからない。
「マコトの奴が好きだから俺も時々飲みたくなるんだけど、やっぱくせぇなこのウイスキーは」
そう言いながらも八神は、ラフロイグのグラスに口をつけた。すでに指1本分程減っている。
「チームを作るって言うたけど、B-SIDEとはまた別のチームを作る気なんか?」
何気なくした質問だったが、それを聞くなり八神の表情が一変した。頬の筋肉に力が入り古傷がピクピクと動くと、目が大きく釣り上がり、そしてやぶにらみ気味に黒眼がずれた。
「あ? 俺がB-SIDEに入るわけねぇだろぉ」
八神は牙のような犬歯をむき出しにして威嚇する。店内は異様な緊張感に支配され、上条はまるで金縛りにあったように身動きがとれなくなってしまった。
しばらく睨みを効かせると八神は突然つまらなそうに目を反らし、そしてグラスの中の金色の液体を一気に喉に流し込んだ。
「お前、この渋谷を制覇するつもりらしいな。だが諦めろ。この街を支配するのは俺が作った『VOLT』だ」
「……ボルト?」
「ああ、覚えておけ。まあ、そのうち嫌でも覚えることになるだろうがな……」
八神はまるで人が変わってしまったかのような低い声でそう言い放つと、1万円札をカウンターの上に置き乱暴な足取りでその店を出ていった。




