†chapter16 綺羅星の街03
宇田川町の裏手にあるカフェバー『スモーキー』。その店のカウンターに腰掛けている上条と拓人の前には、空いたグラスが2つ並んでいた。1つには氷が入っているが、もう1つには何も入っていない。
「まーまーまー、拓人くん」
場末の飲み屋で飲んでいる中間管理職のおっさんのように、上条は氷の入った拓人のグラスにレッドブルを注いでいる。そしてそれをされてしまったら仕方がないといった雰囲気を出しつつ、拓人も上条の何も入っていないグラスに「まーまーまー」と言いながら小瓶のノンアルコールビールを注いだ。付き合いが長くなってきたおかげで、こんな寒いノリにも付き合ってくれるようになってきた。拓人はこう見えて、中々優しい男だ。
「かんぱーい!」
グラスを合わせ、お互いに一口飲みこむ。従業員としてカウンターの中に立っている佐藤みくるは軽蔑の眼差しでそれを一瞥すると、キッチンのある店の奥へと消えていった。
「しかしまあ、何で拓人はスコーピオンのメンバーとばかり仲良くなるのかね? 友達作るなとは言わへんけど、仲ようなるんやったらスコーピオンとB-SIDE以外の人間にして欲しいわ」
苦言を呈するように言うと、拓人は即効でそれを否定した。
「だから、やめろって。俺は犬塚とも蛭川とも仲良くなったつもりは一切ねぇからな!」
上条は「ふひひひ」と意地悪に笑う。
「冗談や、じょーだん。蛭川とかいう奴は、拓人のこと相当恨んどるようやったからなぁ」
「ああ、全く面倒な連中だよ。邪魔くさいからB-SIDEより先にスコーピオンを潰した方が良くないか?」
拓人はグラスを傾けた。エナジードリンク特有の官能的な香りが炭酸の粒に乗って空気に弾ける。
「俺らが狙うんは三大勢力やからな。どっちが先でも構へんけど……」
三大勢力を倒すのはスターダスト結成当初から変わらぬ目標だ。現時点では不破征四郎が引退し弱体化したスコーピオンを先に狙う方が得策だろう。
「三大勢力って言っても、黄くんのいる『ファンタジスタ』とはやりあわないんだろ?」拓人が言う。
「そらそうや。黄くんとは友達になったし、それにファンタジスタとは……」「思想が似てるんだろ?」
上条が話している途中で、拓人が言葉を重ねる。
「そうや。よう覚えとったな。けどどっちみちファンタジスタは、戦争が勃発しても参戦しないっちゅうことをB-SIDEの鳴瀬立会いの下で宣言しとるからな」
上条は空いたグラスにノンアルコールビールを注ぐ。始めは勢いよく注いで泡を立て、後はゆっくりと泡の下に流し込む。7:3の黄金比率、見事に失敗。泡だらけになってしまった。仕方なく上条は苦い泡だけを少しすすり、もう1度注ぐ。これで完璧。
「ふーん。戦争に参加しないっていう選択もできるのか?」
拓人が独り言のようにそう呟くと、店の奥からみくるが料理を持ってやってきた。
「それは単にB-SIDEが認めてるだけでしょ。ファンタジスタが戦争に参加しなければ、B-SIDEにとっても都合が良いからね。はい、ロコモコ」
みくるは拓人の前に楕円形の皿に盛られた料理を置いた。白飯の上にハンバーグと目玉焼き、ちぎったグリーンカールにトマトスライス、それにポテトフライとオニオンリングがワンプレートに盛られたハワイの郷土料理だ。ハンバーグの上にたっぷりとかけられたグレイビーソースが食欲を過剰に刺激する。
「拓人、いつの間に食いもん注文したんや?」
「いいだろ。朝から何も食ってないんだよ」
拓人は早速目玉焼きをフォークで潰し、流れ出た黄身とソースが混じったハンバーグを口の中に運んだ。モニュモニュと大きく咀嚼する。実に旨そうな食べっぷり。まあロコモコの中身なんて、ぶっちゃけお子様ランチだからな。まだ10代の拓人にはぴったりの食べ物だろう。
「ほんじゃ、とりあえず俺らはスコーピオンを狙うってことでいいのか?」
拓人は口をもぐもぐ動かしながら聞いてくる。
「せやな。けどこっちは少人数チームやから、相手がB-SIDEにしろスコーピオンにしろ戦い方を考えなあかん」
「じゃあどうする?」
拓人が聞くと、上条はロコモコの皿からオニオンリングを1つ横取りし口の中に放り込んだ。
「まずはスターダストの知名度を上げる」
オニオンリングを咀嚼しながらそう言うと、上条はフィールドジャケットのポケットから1枚の紙を取りだした。
「何だこれは?」オニオンリングを取られた拓人は、ムッとした表情でその紙に目を落とした。そこにはマスクをつけた男が写っている。「3種手配犯。那智秀樹?」
「そうや。渋谷区犯罪抑止条例に抵触している、いわゆる賞金首ってやつやな」
犯罪抑止条例とは、東京都23区の長の権限によって社会の秩序を乱すと判断された者を強制的に拘束することができる法令である。逮捕した者には自治体から懸賞金が与えられるので、それを目的とした賞金稼ぎも存在している。スターダストメンバー、天野雫もその1人だ。
「賞金首になっとる奴ら倒して、スターダストの名前を広く知らしめるんや」
上条が熱く語るが、拓人はあまり表情を変えずに手配ポスターを手に取った。
「ふーん。けど渋谷区の賞金首って、今どのくらいいるんだ?」
「今居るんは10人くらいみたいやな。このポスターは新しいやつやから区役所前で配っとったんやけど、他のポスターは今日雫ちゃんが持ってきてくれるはずやで」
拓人はカウンターの上に手配ポスターを置くと、静かに息を漏らした。
「確かに大人数の雑魚を相手にするより、こっちの方が手っ取り早いか……」
手配写真の男は目を血走らせ、マスクの上からでもはっきりわかるほど強烈な笑みを浮かべている。一体何のタイミングで撮られた写真なのだろうか?
「けどどっちにしろ、鳴瀬は俺らのこと潰そうとしとるみたいやから今後もB-SIDEメンバーとの戦闘は避けられんやろうな。まあ、来る者は全て迎え撃つ。それがスターダストのポリシーやで」
上条は手を伸ばしロコモコのポテトフライを奪おうとしたが、拓人に皿ごと横に移動され未遂に終わった。拓人は中々のシブチンだ。




