†chapter16 綺羅星の街01
その争いは、文化村通りにある道玄坂2丁目交差点の真ん中で行われていた。
「どっちが多く倒せるか勝負せえへんか?」
白樫の六尺棒を持つ上条圭介は、相方の山田拓人と背中を合わせ道路の中央地帯に立っている。彼らは10人程の敵に囲まれているのだが、あまり危機感はないようだ。むしろ焦りを感じているのは、その10人を指揮しているB-SIDEの第3遊撃隊長、岸本伸也の方だった。
「その喉を潰して、ふざけた口を2度と開けなくしてやろうか?」
岸本は己の潰れた声を棚に上げてそう言う。落ち着いた口調を装っているが、その額には2本の青筋がくっきりとできている。焦っているだけでなく苛立ちも臨界点を超えているようだ。
「こんな時に賭けごととかしてるから、きしもっちゃん怒ってんだろ」拓人が背中越しに非難する。
「せやな。ほんなら岸本の相手は俺がするで。その代わり、あいつは隊長やから5人分計算な」
それだけ言うと、上条は岸本に向かって駆けだした。
「ちょっと待て! ずるいぞっ!!」
慌てて拓人も飛び出す。彼の持つ『疾風』の能力の影響で交差点に砂埃が舞い上がった。
交差点内で争いが続いているため、信号が変わっても車は通行することができないでいた。車列後方からクラクションが鳴りまくるが、前に停まる車にはどうすることもできない。ただこちらに被害が及ばないことを祈りつつ、静かにハンドルを握っていた。
「岸本くん、隊長就任おめでとう」
挨拶がてら、六尺棒を足元にお見舞いする。岸本はバックステップでそれをかわすと、全身の筋肉が増量し身体が一回り大きくなった。これは彼の持つ『ドーピング』という筋肉増強能力だ。
「貴様らにおめでとうなどと言われる筋合いはない!」
岸本の右の拳が高速で飛んでくる。左に身体をすくめると、右の頬に強い風圧を感じた。まるで大砲のようなストレートパンチ。当たれば一撃でノックアウトされそうだ。喉の奥に沸いた唾液をゴクリと呑みこむ。
しかし、棒を持った時の俺の強さを奴は知らんやろ……。
上条はその場で左に回転し遠心力で六尺棒を振り抜いた。大きな音が弾ける。六尺棒は岸本の二の腕に当たったのだが、増強した筋肉に阻まれダメージは少ないようだ。
「ふん。その程度か?」岸本は笑って見せる。
困ったな。渾身の一撃が効かないとは計算外だ。とはいえ、棒術の真骨頂はこんなものではない。上条は1度身を退くと、六尺棒を片手に持ち替え連続で突きを放った。岸本は腕で防ごうとするが間に合わず、腹部に乱撃を数発受け顔を歪める。
「どうやっ!」
上条はそのまま攻撃を続けたが、不意に岸本に六尺棒を掴まれてしまった。岸本は不敵に笑い、棒を持つ上条ごと真横に投げ飛ばした。
「うおっ!」地面を転がされ思わず声が漏れる。
岸本の奴、思ってた以上に戦えるようだ。体勢を立て直した上条は『暴露』の能力を使い、ドーピングの弱みを探る。
「なるほどなぁ」
上条は攻撃をかわしながら後退する。ドーピングは筋力が増強される一方で、筋肉に対して大きな負荷が掛かるというデメリットがあるようだ。戦闘が長引けば岸本は勝手に自滅するだろう。とはいえ、大人数相手に長時間喧嘩できるほど我々は元気が有り余っているわけではない。
「それやったら、ガチンコの喧嘩で決着をつけようやないか!」
能力の弱点を暴いた上条だったが、結局のところその情報を活かすことのない駆け引きなしの勝負を挑んだ。
「望むところだ」
岸本もそれに応え対峙する。
上条は腰の位置で六尺棒を横に持つ中段の構え。一方、岸本は拳を上げない無構えの状態。筋力の疲労を抑えるための策だろうか? 2人が交差点の中央で睨み合いを続けていると、周りにいるB-SIDEメンバーが一斉に崩れ出した。
「何かしたんか、拓人!?」
「いや、俺じゃねえ! あそこ見ろ。あそこ!」
拓人の指差す松濤方角に目を向けると、坂の上から2人の男が走ってくるの確認した。革製のジャケットの下に赤い斑点がデザインされたトレーナーを着ている見覚えのある男、あれはスコーピオンの犬塚だ。
「天パー、てめぇ! ここで会ったが百年目、観念しろやっ!!」
犬塚ではないもう1人の灰色の髪の男がそう叫んだ。その言葉は拓人に対して発しているようだが、知り合いなのだろうか? 犬塚の能力は『パイロキネシス』という発火能力なので、B-SIDEのメンバーを跪かせたのは犬塚ではないあの男がやったことになる。
「知った顔か?」
上条が言うと、拓人が近づいてくる。
「ああ、ちょっとな。蛭川って奴なんだけどあいつはうっとおしい能力を使うから、今日のところは撤退しよう!」
「まあ、そろそろ潮時やな。後はB-SIDEとスコーピオンで潰し合いでもして貰うとするか」
上条は道路に向かって六尺棒を振り抜き道を開けさせると、拓人と共に道玄坂を下って行った。しかしスコーピオンの2人の狙いは、B-SIDEではなくあくまで山田拓人のようであった。逃げる2人を執拗に追いかけてくる。
「よくも俺のこと騙しやがったなっ!!」
蛭川がそう叫ぶと同時に、辺りに金属がぶつかるような音が響いた。
「痛っ! 何やこれ!?」
突然頭部に痛みが走る。足が止まり横に目をやると、拓人も同じく頭を押さえている。これが蛭川という男の能力なのか?
「騙すって、一体何のことだよっ!」拓人は顔を歪めながらそう叫ぶ。
「とぼけやがって、犬くんの額の火傷はてめえの仕業だっつうじゃねえか! 友達みたいな面して俺に話しかけてきやがって絶対に許さねぇぞっ!」
蛭川は顔を真っ赤にして感情を爆発させる。何の話かはわからないが、そうとうキレてしまっているようだ。
「友達みたいって、お前が勝手に俺と雫に付いて来たん……」「問答無用!」「ギャー!!」
拓人は頭を押さえ地面に崩れた。余計なことを言ったため、頭への痛みを増幅させられたようだ。
このままでは拓人が危ない。上条は蛭川の能力を暴こうとしたのだが、痛みのせいで集中することができない。こうなったら実力行使しかないか。上条は己の武器である六尺棒を構える。
しかし1歩踏み出したところで目の前に高温の閃光が走り、思わず後ずさった。
「俺もいるからな。邪魔しようとしても無駄だぜ」それは犬塚の放った炎だ。
この間まで病院で脂汗かいていたくせに、今ではすっかり回復しているようだ。獣のような生命力。犬塚という名前は伊達じゃないらしい。
「へへへ、サンキュー犬くん。後は俺の『ヘッドクエイク』で、朝食ったもの全部吐き出すまでたっぷりと頭痛を味あわせてやるぜ……」
蛭川はそう言いながら近づいて来たのだが、突然身体を波打たせると近くの街路樹にもたれ掛かり「おえーっ!」と言いながら大量の吐瀉物を吐き出し始めた。
「いや、お前が吐くんかいっ!!」
反射的につっこみを入れた上条だったが、その瞬間自分の頭痛が収まっていることに気付いた。座り込んでいた拓人も今が好機とばかりに急いで立ち上がる。
「自分の能力でグロッキーになってるんじゃ世話ねぇな!」
捨て台詞を吐き拓人が走り出す。上条もその後を追いアスファルトを蹴った。
「清掃のおっちゃんに迷惑が掛からんように、吐いたもんはちゃんと自分で片づけるんやで」
「黙れっ!!」
後ろから犬塚の叫び声が聞こえたが、上条たちは振り返りもせずにそのまま道玄坂を駆けていった。




