†chapter15 華の咲く場所05
中庭に足を踏み入れた拓人は、混乱と共にその歩みを止めた。目の前がとんでもないことになっていたからだ。
「何だこれっ!? 草がぼうぼうじゃんか!」
魔窟大楼の中庭といえばぺんぺん草1本生えない救いようのない荒地だったのだが、いつの間にか大量の植物の生い茂り緑が一面に広がっていた。
「あっ、山田くん!」
名を呼ばれ正面奥に目を向けると、草むらを掻きわけて天野雫が走ってくるのが見えた。
「あれ、雫も来てたのか?」
「うん。鄭さんのお墓参り」
雫は手に持った大きなじょうろを持ち上げる。どうやらこの大量の草に水をあげていたようだ。
「そっか。魔窟大楼の中庭はここの住人のお墓になってるんだったな。っていうか、もしかして雫がこの植物全部植えたの?」
亡くなった巡査のため、この殺風景の代名詞とも言えるような不毛の墓場にせめて彩りを添えようとするこの女子の思いやり。嫉妬と感動が同時に押し寄せ思わず涙が流れそうになったが、それに反して雫は無表情に首を横に振った。
「そんなわけないでしょ」
「……ですよね」
肩の力が抜け涙も止まる。それじゃあ、この草むらは一体どうやって? 辺りを見渡すと雫ではない別の女の声が聞こえてきた。見るとそれは車椅子を押した佐藤みくるだった。
「おー、みくるちゃんも来とったんか!」
手を振る上条に笑みが浮かんだ。車椅子を押すみくるも、薄らと笑みを湛えこちらにやってきる。雫にしてもみくるにしても、今回の事件でかなり心に傷を負っていたのだが、今では少しづつ回復し日常を取り戻しているようだ。
拓人も安らかな気持ちになり自然と頬が崩れると、その全てをぶち壊すかのような薄汚い声が中庭に轟いた。
「何だ、中島さんが来たのかと思ったらお前たちか! ぬか喜びさせやがって、クソ共がっ!!」
それはみくるの押す車椅子に座っていたカタコンベ東京の女店主、楊の声だった。
開口一番に怒声を浴びせると、楊は酷くがっかりしたように大きな顔を俯かせた。あまりの剣幕だったので、クソ呼ばわりされているのにも関わらず素直に頭を下げてしまった。何だろうこの屈辱は?
「いえいえ楊さん、ワシも来ておるよ」
後ろにいた中島が中庭に現れる。急に表情を変えた楊は、喜び勇み自分の手で車椅子を走らせた。
「いやあ、毎日毎日ご足労おかけして申し訳ありません中島さん。それでどんな感じでしょうか?」
「恐らく今日で決着がつくでしょうな」
中島にそう言われると、楊の大きな顔に満面の笑顔が零れた。
「ほう。そうですか、そうですか。それでは早速始めちゃってください!」
楊に促され、中島は草むらの中に足を踏み入れる。始めちゃうって言ったけど、一体何を始めるのだろうか?
中島は植物の様子を窺うと、ビニール袋の中の聖灰を掴みおもむろに撒きだした。
「あ、それ!」
そして場所を移すとまた聖灰を掴み撒く。掴んでは撒く。それを繰り返す。
「あ、それ。あ、それ。それ、それ、それ、それっ!」
辺り一面に撒き終り灰はハラハラと草むらの中に落ちていったが、それによって特に何かが起こるということはなかった。拓人の頭に疑問符が浮かぶ。
しかし数秒の後、植物に変化が訪れた。先端の蕾が目に見えて膨らみ始めたかと思うと割れた先端から美しい花弁が現れ、植物たちは次々に花開いていった。
緑が広がる草むらが、その花によって鮮やかな色彩に染まっていく。
「綺麗……」
雫とみくるが声を揃える。横にいる楊も満足そうな顔で何度も頷いた。
ホワイト、ピンク、パープルにレッド。何もない不毛の荒地だった場所に広がったのは、見る者の心を魅了する色とりどりのコスモスの花だった。
拓人は瞬きも忘れ、その光景に酔いしれた。
「……何なんだよこの能力? ナカジーはサイババじゃなくて、花咲かじいさんだったのかっ!?」
「ほっほっほ。どうだ、驚いたか? これが奇跡と謳われたワシの能力じゃ!」
中島そう言って高笑いを上げる。彼の出す聖灰には、植物の成長を促す効用があったのだ。
拓人は今一度コスモスの咲き乱れる中庭に目をやり、感嘆の息を漏らした。
「まさか『奇跡の能力』にこんな効果があるとはな。灰が出るだけの他愛もない能力なんだとばっかり思ってたよ」
「まあ、俺は『暴露』の能力で知っとったけどな」横にいる上条が得意気に言う。
「えーっ、マジかよ!? それなら俺にもちゃんと教えろよ!」
拓人は難癖をつけると、上条はとぼけた顔で口を尖らせた。
「ん? 拓人には言うたやんか」
「いや、聞いてねぇし」
拓人は間違いなくそのことは聞いていなかった。だが上条は自信満々の表情で腰に手を当てるともう一度言った。
「俺はちゃんと言うたで。ナカジーはババアやなくてじいさんやって」
―――†chapter16に続く。




