†chapter15 華の咲く場所04
「不破も引退か……。けどあれだけのことがあったんやし、命があっただけで儲けもんなのかもしれへんなぁ」
魔窟大楼に続く路地の入口で、上条は物憂げに空を見上げた。澄んだ青い空に薄い鰯雲が広がっている。ここに来る時は何故かいつも天侯が悪いのだが、今日は珍しく秋晴れに恵まれたようだ。
「怪我もそうだけど、薬物依存が酷いんだってよ」拓人は犬塚から聞いていた情報を伝えた。
「ヘロインは使用を止めると地獄のような苦しみが待っとるらしいからな。まあ不破は痛覚がないらしいからその辺りの辛さはどうなのかわからんけど、ドラッグなんてやらん方がええわな。拓人も合法、非合法に関わらず手ぇ出したらあかんで!」
目を細めた拓人は沈黙をもってその返事とした。言われなくてもドラッグなんてやるわけがない。そもそもそんなものに使う金は持ち合わせていない。まあ金の問題じゃないのかもしれないが……。
拓人が小さく溜息をつくと、隣で急に上条が大声を上げた。
「まさかお前、薬物の経験があるんやないやろな!?」
溜息をついた直後だが、拓人は大きく吸いこむと一度深く溜息をついた。圭介くんのどこが苦手かというと、こういう直接的な物の言い方が生理的にどうしても受け付けないのだ。悪気はないのだろうが、非常にめんどくさい。
「あんさんの『暴露』の能力で確かめはったらよろしいですやん」拓人はぎこちない関西弁でそう言ってやった。
「なんやねん、その気色悪い言い方。めっちゃ腹立つわぁ。くっそぉ、ほんなら遠慮なく暴かせて貰うで」
上条は右手を差し出すと、拓人の胸の辺りにかざした。高い塀の上にいるカラスが、何か興味を示したかのようにこちらにじっと見つめている。しかし上条が「見えたでっ!」と声を上げると、驚いたのかカラスは翼を羽ばたかせ空高く飛んでいった。
「それでは発表します」
上条は自らの口でドラムロール的な音を鳴らした。若干唾が飛んでくるがお構いなしだ。
「ジャンッ!! 拓人くんはなんと! ドラッグをやっていませんでした!」
立ち止まり拍手する上条を無視して、拓人は1人で先の道へと急いだ。
馬鹿らしい。果たしてこんなお気楽なリーダーの元でちゃんとやっていけるのだろうか? 大きな不安を抱えつつ足早に歩いていると、後ろから上条の能天気な声が聞こえてきた。
「けど、不破がおらんようになったらスコーピオンは一枚岩ではいられんやろな」
「あ? 何でだよ?」
拓人は悩ましげに振り返る。どうしてよその心配はできるのに、自分のチームの歩調が崩れていることには気付くことができないのか? 歯痒い思いで眉根を寄せる。
「スコーピオンは総長不破の下に2人の副長がおるんやけど、その2人があんまり仲が良くないんやって。B-SIDEいうでっかい敵がおるから分裂はせんやろうけど、しばらくは2つの派閥の間でいざこざが続くやろうな」
「ふーん。所詮はチンピラの集まりってわけか。あんまり人数が増えるから揉め事が起こるんだ」
そう言うと、早足で近づいてきた上条が背中をポンと叩いてきた。
「そういうこっちゃ。仰山集めて烏合の衆になるより、うちみたいに少数精鋭の方が利があるってわけや」
上条の笑い声を聞きながら、拓人はこれからのことを案じた。いくら少数精鋭が良いといっても、4人では少な過ぎるのではないだろうか? 今のままで戦争に突入したら、真っ先に大型チームの餌食になるように思えてならない。
悲観的になった拓人は、気持ちを切り替えるように天を仰いだ。秋の高い空に先程のカラスが飛んでいる。その黒く大きな翼を懸命に羽ばたかせながら、カラスは西の空へと消えていった。
薄暗い路地を抜けやがて魔窟大楼の正門が見えてきたその時、反対方向からよれよれの背広を着た老人が姿を現した。
「おお、奇偶じゃな」
それは奇跡の能力者、中島和三郎であった。中島は一時、若獅子の洗脳を受けカタコンベ東京の座敷牢に閉じ込められていたのだが、今ではすっかり正気が戻っているようだ。
「ナカジー、元気そうだな。これからどっか行くのか?」
「いや何、楊さんに用事があってな」
拓人たちと同じく、中島もまたカタコンベ東京に行くところだったようだ。
「そうなんだ。実は俺らもここに用があって来たんだよ」
「ほう。それはそれは、偶さかなり」
3人はそのまま門の中に入っていく。いつもは心霊スポットのような只ならぬ緊張感が漂う魔窟大楼だが、今日は天気が良いせいか比較的穏やかな空気が流れていた。
「それでナカジーは、楊さんに何の用?」
拓人に聞かれると、中島は小さなビニール袋を差し出した。
「これを届けに来たんじゃよ」
「何だこれ?」
拓人は透明なビニール袋の中身をまじまじと見つめた。袋の中には200グラム程の白い粉が入っている。先程会った竹村亜樹の『悪魔の能力』が作りだすヘロイン+を思い出した拓人は、自然と顔が青褪めた。
「まさか、やばい薬じゃないだろうな?」
「馬鹿を言うな。これがワシが作り出した『聖灰』じゃ」
中島が言う。ビニール袋の中身は、彼の持つ『奇跡の能力』を使い物質化した灰を集めたもののようだ。
「何だ聖灰か。しかしこんなもん持っていってどうすんだよ? 腹の足しにもなりゃしない」
「聖灰を食べるんじゃない」
聖灰に興味がない拓人を中島が不愉快そうに戒めたが、一方で上条はその奇跡の能力に大いに興味を示した。
「これが聖灰なんか? へぇー」
そう言えばこの男、以前奇跡の能力がどんなものなのか見てみたいとか言っていたような気がする。しかしこんな一握りの灰を見せられたところで大したリアクションは取ることができないだろう。
「前にも言ったけど、奇跡の能力なんて大層なネーミングの割に手から灰が出てくるだけのサイババみたいな能力だからな」
拓人が言うと、上条は「あー」と生返事をする。
「でも、ナカジーはババアやなくてじいさんやろ?」
勿論、中島はじいさんであって、ババアではない。だが今言っているのは、そういうことではないのだ。
以前にも聞いていたその下らない冗談にうんざりしたところで、拓人たちは中庭に出る戸口を潜り出た。




