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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter14 コロシアムの怪人
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†chapter14 コロシアムの怪人27

 まぶたを開くと、そこは代々木体育館渋谷口の前だった。

 「ここって、体育館の外だよな……?」

 そう思いつつも、今一度周囲を見渡す。いつの間にか夜が明け、東の空が明るくなってきている。間違いなくここは建物の外だ。


 「ああ、脱出成功や!」

 隣にいる上条が繋いでいた手を離し、拓人の肩に触れた。少しだけ緊張から解放され、自然と口から息が漏れる。

 「助かったぞ、瀬戸口。良い仕事したな」


 しかし当の瀬戸口は喜ぶこともなく、目を虚ろにするとそのまま地面に崩れてしまった。

 「おい、大丈夫かっ!?」

 心配するも束の間、今度は巡査を背負っていた雫がその重さに耐えかね前に伏した。


 「雫もかっ! しっかりしろ!!」

 大声で呼びかけるが反応はない。元々怪我を負い疲弊しているところでの瞬間移動だったので、さすがの雫も堪えているに違いなかった。


 拓人は背中と膝の下に腕を入れ、雫を抱き上げる。同じく倒れている瀬戸口は佐伯が背負い、既に息絶えている巡査は上条が背負った。

 「一刻も早くここから離れよう。警察は当てにならないから、自分たちの足で逃げ切るしかない!」

 拓人がそう告げると同時に、辺りに不穏な空気が広がった。


 「誰から逃げ切るって?」

 向かおうとしていた渋谷駅方向の先20メートルの場所に、怪しい影が立っている。不気味に目を光らせ、片手に持ったサブマシンガンをプラプラと揺らしている獅子のような男。


 「街のチンピラが随分と調子に乗ってくれたもんだ。デーンシングは、お前ら如きが逆らって良い組織じゃねぇんだよ」

 そこにいたのはデーンシングの首領しゅりょう、若獅子ことチャオ・ヴォラギアットだった。


 「この街ではだいぶ幅を利かせていたようだが、お前らは所詮ヤシ殻の中の蛙だ。本物のギャングの怖さを理解してねぇと見える。事態はすでにお前らを殺せば済む問題じゃなくなっちまった。家族、友人、同僚、お前らに関わる全ての人間を考えうる最も残虐な方法でぶち殺していくとしよう」


 心臓を鷲掴みにするような若獅子の狂気を込めた台詞に、全員の身体が凍りついた。若獅子は腕を上げ、イスラエル製のサブマシンガン、ウージーの銃口を水平に向ける。

 「まあ、死に行くお前たちには関係のないことだがな……」


 ターンッ!!!

 銃声が鳴る。咄嗟に目をつむってしまったが、その銃声は単発だったため連続で銃弾を発射するマシンガンのものではなかった。恐る恐る薄目を開けると、遠くにいる若獅子が左目を押さえ苦しんでいる姿が見えた。

 皆の視線が一点に注がれる。若獅子は足がふらつき苦しげに身体が捻じれた。何かの拍子にウージーの引き金を引いたが、銃弾は空の彼方へと消えていった。


 「だ、誰に何をしてくれたっ!!」

 若獅子が唇を震わせ声を上げると、再び銃声が鳴り今度は右目から鮮血が弾けた。視界を失った若獅子は見当違いの方向にマシンガンを乱射させる。


 「俺は若獅子だ! デーンシングの首領、チャオ・ヴォラギアットだぞっ!!」

 若獅子の羽織る純白のファーコートが、自らの血で徐々に赤く染まっていく。その立ち姿はさながら『赤き獅子デーンシング』を思わせる佇まいだった。


 そして更にもう1発銃声が鳴る。銃弾は若獅子の額の中心を正確に撃ち抜いた。膝が崩れ、そのままやるせなく地面に倒れる。最後のその1発で遂に絶命したようだ。


 拓人は動かなくなった若獅子から目を反らした。そしてゆっくりと銃声のした方に振り返ると、そこには拳銃を両手で構えた琉王るおうの姿があった。

 

 拓人は目と唇が極度に乾き、喉の奥が不自然に震えだした。

 「やっぱり、琉王さんがクラウディだったのか……?」

 そう聞くと、琉王は憂いのある笑みを湛え銃を下ろした。


 「みくる、母さんの仇取ったよ」

 琉王は告げる。拓人は臆しながらもみくるの顔に視線を移した。みくるの美しい色違いの瞳からは、宝石の様な大粒の涙が溢れている。


 「……ねえ、あたしそんなことしてくれても嬉しくない。お兄ちゃんが人殺しになるなんて、ちっとも嬉しくないよ!」

 みくるは嘆き、声を荒げる。琉王は銃を地面に投げ捨てると、己の手を静かに見つめた。

 「そうだよな。ごめん……」


 東から昇ってきた太陽が、若者たちの顔を眩しく照らしだした。空は明るくなっていくのに、彼らの心には深く影が落ちていた。


 「とうとう姿を現しましたね、クラウディ。いや、佐藤琉王」

 琉王の背後から、サングラスを掛けた白髪の男性が歩いてくる。それは警視庁捜査一課所属の盲目の刑事、貞清誠司であった。


 「貞清さん……」

 琉王は何か重い荷物でも下ろしたかのように肩の力を抜き、そして貞清に両手を差し出した。

 ゆっくりと歩いて来た貞清は腰に着けた革製のケースから黒い手錠を取りだすと、差し出された琉王の両手にそれをはめた。


 「今度、琉王くんと一緒に飲もうと思って、シャンパンを購入していたのですがねぇ……」

 貞清にそう言われると、琉王は少しだけ口角を上げた。

 「ドンペリですか?」

 「いえ、クリスタルです」

 それは未成年の拓人にはわからなかったが、老舗と呼ばれるシャンパーニュメゾン、ルイ・ロデレールの製造する最高級のシャンパンの名だった。


 「もしかして2056年物のロゼですか?」

 琉王が聞くと、貞清はコクリと頷いた。

 「生産数が少なくて日本では手に入らないと聞いていましたが……」

 琉王はそう言うと、貞清の耳元で何かを呟いた。しかし拓人の耳にまでそれは聞こえてこなかった。


 「わかりました。それでは参りましょう。あちらに車が停めてあります」

 貞清は琉王の背中を押し、代々木公園の入口へと誘う。


 「ちょ、ちょっと待ってくれよ貞清さん! 警察が今までデーンシングとかいう悪党を野放しにしておいたから、こんな結果になったんだろ! それなのに何で俺たちを助けてくれた琉王さんが捕まらなきゃいけないんだよっ!!」

 拓人は懸命に叫んだ。それで琉王の犯した罪が覆るわけはないと理解していながら。


 「もう少し私に権限があれば、また違った結果になっていたのかもしれませんが……。我々刑事が出来ることと言ったら、事件を捜査し被疑者の逮捕に務める。ただそれだけなんです」

 貞清は見えもしない目で空を見上げた。白む渋谷の空に、代々木公園を根城にする鳩が編隊を組んで飛行している。長い1日が終わり、ようやく新しい朝が始まろうとしていた。


 「上条くん、山田くん。みくるのこと、どうかよろしくお願いします」

 琉王はそう言って頭を下げた。朝日に照らされ良くわからないが、その表情は晴れやかで後悔の色は微塵も感じられなかった。


 「それじゃ、行きましょうか」

 連続殺人という罪の重さを周りの人間に感じさせない配慮なのか、貞清はどこか食事でもしにいくかのような口調でそう言う。しかしみくるは、どうしても耐えきることができずその場で泣き崩れてしまった。

 「やだよ、そんなの……。お兄ちゃん! お兄ちゃんっ!!」


 貞清と琉王は背中を向けて粛々しゅくしゅくと歩を進める。みくるはその背中に向かって、泣きながら何度も何度も叫んだ。


 若獅子は息絶え、クラウディ事件も解決したはずなのに、拓人たちの心はいつまでも重く沈んでいた。


  ―――†chapter15に続く。

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