†chapter14 コロシアムの怪人23
天井付近に浮かぶ不破に向かって、突風に乗った拓人と巡査が戦闘機のような勢いで飛んでいく。宙を旋回していた無数のバッタは拓人の生み出す風に反応して変則的に動きを変えると、向かってくる2人に対し群れをなして突っ込んできた。
「そんなもん効くかっ!!」
風に弾けたバッタは、螺旋を描きながら次々と床に落下していく。不破の周りに漂う黒い塊の正体はやはりバッタで、あの厄介な黒煙ではなかったようだ。不幸中の幸い。
「衝撃波には気をつけろっ!」巡査が叫ぶ。
しかし注意しなければいけない能力は、何も黒煙や衝撃波だけではなかった。距離が近づいてくると、不破はその間に直径5メートルはあるだろう巨大な障壁を作りだした。
「障壁だ! どうする!?」
拓人が聞くと、巡査は左腰のホルスターからブローニング・ハイパワーを抜き、有無を言わさず引き金を引いた。放たれた銃弾は障壁の中心に寸分違わず命中させたのだが、残念ながらそれを破壊するまでには至らなかったようだ。
「ふむ」巡査は言う。
「ふむ、じゃねえよ! このままじゃぶつかるだろっ!!」
「大丈夫、ひびは入れておいた。これ以上は銃弾の無駄になる。後はお前が破壊してくれ!」
「嘘だろ!? それも、俺の仕事かっ!」
「無理か?」
巡査に煽られ、拓人は思わず口を曲げる。あまりのスピードで目を開けていられないが、拓人は薄く開いた目で不破が作りだした障壁を睨みつけた。
「わかったよ、やればいいんだろ! その代わり、後のことは知らねえからなっ!」
弾丸の如く飛んでいく拓人は、障壁が近づくと右の肘を前に構えた。この腕1本犠牲にすれば、何とか突破出来るだろうか? 拓人は巡査を連れていることも忘れ、回転しながら障壁に突っ込んでいく。
そして拓人の右肘が障壁の真ん中を捕らえると、体育館の中にショーウィンドウが粉々に砕けるような破壊音が響いた。
「やったっ! 壊してやったぞ!」
広範囲に張った障壁なのでやはり強度が脆かったようだ。しかし喜びも束の間、右肘に激痛が走った。やはり無理をし過ぎたかもしれない。
「後は頼んだからな、巡査っ!」
「わかってる。良くやった」
巡査は再び銃を構える。だが不破は至近距離に近づいてくると、今度は直径1メートル程の小さな障壁を胸から上に張り巡らせた。障壁は小さければ小さいほど強度が増すのだという。とりあえず頭と心臓さえ完全に守ることが出来れば、後は異常代謝の能力ですぐに回復出来るということだろう。
だが巡査の狙いはそこにあった。
ブローニング・ハイパワーの銃口をやや下に下げると、巡査は障壁で守られていない腹部を中心に10発以上の銃弾を不破に浴びせた。いくら痛みを感じないとはいえ、さすがにこれには参ったのか苦しげな声を上げる。しかしながら腹部の傷は、目に見える速度で再生されていった。
「駄目だ! 腹を撃っても巡査の能力ですぐに回復しちまうだろ!」
拓人の言葉に何故か巡査は不敵に笑う。全てを悟った者がする淡い微笑みだ。
巡査は拳銃を己のこめかみに押し付けた。
「だが、こうすれば『異常代謝』の能力は使えまい……」
「えっ?」
飛んでいる拓人の左手から巡査の右手が外れると同時に、1発の発砲音が耳の奥に響いた。巡査は自らの頭を自らの銃で撃ち抜いたのだ。
リコイルと被弾の衝撃で、頭部と左手が反発するように跳ね返る。側頭部から弾けた鮮血が渦を描くように、ゆっくりと空中を漂った。
う、嘘だろ……。
拓人の見開いた目が、青白い巡査の横顔をとらえた。
拓人。雫のこと、頼んだぞ……。
口は動いていない。目も光を失っている。もしかすると、もうこの時点で死んでいたのかもしれない。だが拓人は、何故だか巡査にそう言われたような気がした。
拓人の手を離れ風の影響から外れてしまった巡査は、10メートルの高さからそのまま落ちていきそして床に衝突した。
「何してんだよ巡査っ!!」
風を受けながら下降してきた拓人が床に着地すると、腹から血を流す不破が一緒に落下してきた。巨体が床に激突し、アリーナに重苦しい衝突音が鳴り響く。
「鄭さん!!」
遠くから激しく取り乱した雫が怪我した右足を引きずりながら走ってくる。しかし、頭部を撃ち抜いた巡査は力なく床に横たわったままだ。おそらくもう駄目だろう……。拓人は近づいてくる雫に向かって静かに首を振った。
「鄭さん! 鄭さん!」
雫が泣きながら巡査の肩を揺さぶる。しかしそんなことをしたところで、既に息絶えていた巡査はやるせなく首を揺らすだけだった。周りにいた他の亜種たちもその場に集まってくるが、誰1人として不破を倒したことを喜ぶ者はいなかった。今はただ雫の嗚咽だけが、アリーナの中心で静かに静かに鳴り響いている。
こんな時なのに拓人は、ここまで感情的な雫も珍しいな。などということを考えていた。背後からは不破の呻き声が聞こえる。異常代謝の能力を失った今、いくら痛みを感じないとはいえさすがに不破も虫の息なのだろう。
「巡査は俺たちを助けるために犠牲になったんだよ」
拓人は言った。まるで自分に言い聞かせるように。
「やだよ……。そんなのやだよ、鄭さん……」
横たわる巡査の胸に、雫は顔を沈めた。
これが今出来る最高の選択だったのだろうか? 巡査に言われた通り、俺たちがしっかりとデーンシングから雫を守っていればあるいはこんな結果にならなかったのだろうか?
仮定の話などしても仕方がないのは十分承知しているが、今はどうしてもそんな不毛な考えをいつまでも頭の中で巡らせていたかった。傍らに伏せる雫の泣き声が、この耳に届かなくなるくらい。




