†chapter14 コロシアムの怪人19
銃によって出来た傷が完治すると、不破は天井に向かって高く吠えた。未だ精神状態が不安定なようだ。
「彼は僕たちの能力を奪っているんだよね? ということは、もしかしたら僕の『シナスタジア』を模倣したせいで頭が混乱してしまっているのかもしれませんねぇ」黄が言う。
「成程、シナスタか。その能力に関しては、俺も説明を聞いただけで頭がビジー状態になったからな」未だにその能力を理解出来ていない拓人がそう返す。
ちなみにシナスタジアとは、1つの感覚から複数の刺激が得られる特殊な知覚能力のことだ。文字を見てそこから匂いを感じたり、音を聴いて頭の中に色が思い浮かんだりするため、慣れない人間にとっては脳が混乱してしまうのかもしれない。
「正直僕も、この能力に目覚めた時は気が触れてしまったのかと思いましたからねぇ」
黄はそう言うと、親指の爪を噛みしめた。
「しかし混乱してるなら都合がいい。俺が奴の関節を破壊してやるよ」
氏家は1歩前に出ると、左手で右手を握りパキパキと指を鳴らした。
「大丈夫か? 極め技なんて得意じゃないだろ?」
拓人が言うと、氏家は不愉快そうに口をすぼめた。だが事実、先程氏家が不破にかけた腕挫ぎ十字固めは、不破にいとも簡単に外されてしまっている。元ボクサーの氏家にとって、関節技など完全に専門外だ。
「まあ、別に得意ではないがな。ただでかい相手でも、サブミッションなら有効だろうと踏んで実践しただけだ」
氏家は右肩と左肩を順番に鳴らし、不破の顔を睨んだ。この氏家という男、数秒拳を交わしただけで感覚的に敵の弱点を暴いたようだ。実に戦い慣れている。今は仲間であることが非常に頼もしいが、渋谷を制するということはこの男との戦いも避けては通れないだろう。拓人は獄卒の異名を持ち、渋谷でもトップクラスの強さを誇る氏家の姿を見て、堪らずに身震いがした。
氏家は血の気の引いた拓人の顔を横目にすると、不敵に笑みを浮かべる。
「だが、腕の関節は止めておけ。体毛が滑って満足に押さえることも出来ねえ。狙うなら革パン履いてる足だ。押さえつけて膝の関節をぶち壊すぞ」
「簡単に言うなよ。あんなでかい男の膝、容易く壊せるかよ!?」
様々な人外の能力を重ね、現在の不破の大きさは推定で3メートルに達しようとしている。懐に入り込むだけでも至難の業だ。
「まあ、そうだろう。懐に入るどころか、お前さんでは近づくことすら儘ならねえな」
氏家の煽り言葉に腹を立てた拓人が目に角を立てていると、視界の端に映る上条が前を見てみろと合図を送ってきた。顔を上げ前を見据える。すると不破の周りに大きな旋風が巻き起こった。そしてその風に乗り大量の砂塵が回転し一気に舞い上がる。
「何なんだよ、この塵は!?」
拓人が聞くと、上条は袖で目を覆った。
「あれは赤間の『スモッグ』いう能力や。それを拓人の『疾風』の能力で巻き上げてるんや」
「くそっ、あいつの能力かよっ!!」
性格のうっとおしい亜種は、能力までうっとおしいことが多々ある。何だろう、このジンクスは?
砂塵と共にバッタの死骸も宙に舞う。不破に近づくことすら儘ならないと氏家に揶揄された拓人だったが、その言葉通り不破への接近を躊躇してしまっていた。
「行かねえんなら、先に行かせて貰うぜ!」
氏家が先陣を切る。その後には闘神の相楽、フラッグスの柿崎、そして巡査と、負けず嫌いな男たちが次々と砂塵の中に消えていった。
風はゴウゴウと滝の様な音を立て、視界の悪い砂塵の中は何が起きているのか窺い知ることが出来ない。
「くそっ! 俺も行くぞ!」
腹を決めた拓人が、旋風渦巻く砂塵の中に向かい駆けだす。するとそれと入れ替えに、最初に入った4人が一斉に砂塵の中から弾き出された。
「えっ!?」今のは何だ? 疾風か障壁の能力で弾かれたのか?
しかし走る拓人の足は止めれない。砂塵に侵入した拓人は目を塞ぎ、そのまま旋風の中心を目指す。そこに不破がいるはずだ。
想像以上に風が強く、周りの音も聞こえやしない。室内でこの規模の風を起こすとは本当に恐れ入った。己の能力を自分以上に使いこなす不破に、拓人は多少なりとも畏敬の念を抱いていた。だがしかし、この風では当の不破も渦の中央から動くことが出来まい。
もう少しで渦の中心に辿り着く。そう思った直後、耳の奥に流れる風の音に変化が生じた。
「これはもしかして、風が止む……?」
拓人の予感は的中する。渦巻く風が空気に溶け消えていくと、舞っていた砂塵も徐々に渦の外に広がっていった。そのおかげで不破の姿が薄らと見えてくる。片方の掌を前に構え、その場に立ち尽くしているようだ。
「衝撃波が来るぞ! 逃げろっ!」誰かが叫んだ。
「は? 衝撃!?」
拓人と不破の距離は5メートル程あったが、突然腹にボーリングの玉でもぶつけられたような重い衝撃を喰らった。
「おぅっ!!」
後ろにのけ反ると、拓人は受け身も取れずに背中から床に卒倒した。
「ゲホッ! ゲホッ」
うまく息が出来ず、腹部、特に腹の内側に熱い痛みを感じる。今の攻撃が衝撃波という奴か?
まだ呼吸は落ち着かないが、不破が攻撃の手を休める理由もない。白い毛で覆われた太い右手を怪しげに掲げる。するとその指先に伸びた5本の爪が、鈍い光を宿した。
「山田くん、逃げてっ!!!」
雫がいつにない大きな声で叫んだ。しかし拓人はその攻撃に対し何の行動も取れぬまま、弧を描く不破の爪にただただ目を奪われていた。
「ズザッ!!」爪が皮膚をえぐる音。そして寸刻の後、真っ赤な鮮血が八方に飛び散った。
拓人は青い顔で振り返る。その傍らには、右足に3本の赤い切創がある雫が静かに横たわっていた。一瞬何が起きたのかわからなかった。だが雫のその姿を見れば、どういうことが起きたのかは即座に理解出来た。雫は拓人を守るために、自ら飛び込み身代わりになったのだ。
「し、雫……?」
拓人が呼びかけるが返事はない。見れば赤い血だけでなく、爪痕から白い脂肪と桃色の筋肉も見えてしまっている。急所は免れたが傷はかなり深いだろう。
起き上がりかけていた拓人だが、両目の瞳孔を大きく開くと再び腰が沈んでしまった。そして息をするのも忘れるくらい、じっとその場から動けなくなった。




