†chapter14 コロシアムの怪人15
足元をおぼつかせながら、拓人は両腕で支え何とかそこから立ち上がった。目の前にいる不破は、何やら不安げに両目をキョロキョロと動かしている。そして数秒の後、目を見開くと頭を抱え大きな唸り声を上げ出した。
「グアアアアアッ!! グアアアアアッ!!」
あまりの声量に拓人は耳を塞いだ。その声は衝撃波となり2階席の窓ガラスを次々と破壊していく。
空気が振動し耳の奥にまで刺激が走る。不破の奴、急にどうしたというのだろうか?
耳を押さえたまま前を見据えると、次の瞬間、不破が鬼の形相で襲いかかって来た。まずいっ!
拓人は咄嗟に横に飛んだ。しかし不破の攻撃範囲は広い。鋭い爪が拓人の左手を切り裂くと、真っ赤な血が床に飛び散った。
「くそっ!!」
拓人の手の甲に2本の生々しい切創が出来る。血を振り払い踵を返す。動きの止まった不破は、また苦しそうに頭を抱えだした。
全くどうしたというのだろう? 能力強化のために接種していたヘロイン+が切れてしまったのかもしれない。
不破は宙に浮くと、息も絶え絶えに天井に向かって上昇していった。
これで少しは時間が稼げそうか? 拓人は部屋の鍵を開けている上条に目を向ける。だが彼はまだヘアピンを使用して鍵穴と格闘してるようだった。
「もう少し時間が必要か……」
拓人が呟いたその時、頭上から耳をつんざくような不快音が響いた。
「テメー、不破! 何を遊んでやがる! とっとと皆殺しにしやがれっ!!」
それは天井のスピーカーから発せられた若獅子の声だった。
宙に浮かぶ不破は天井付近まで辿り着くと、4方向に向けて設置された大きなスピーカーにしがみつき再び雄叫びを上げた。スピーカーからは若獅子の怒号が続くが、不破は興奮するだけでその命令には従わない。もはや若獅子の洗脳自体が解けてしまったのかもしれない。
皆が天井を見上げている。不破の身体から沸きだす黒煙が天井中央に禍々しく広がっていく。2階の割れた窓からは大量の黒い粒が飛来し、煙の中に消えていった。
「何が始まるってんだ?」
誰に伝えるでもなく口にすると、横にやってきた衛生マスクを付けた小柄な男がそれに答えた。
「ありゃあ、バッタだな。不破の周りにバッタが集まってるんだ」
「バッタ?」
そう聞き返すと、上からその黒い物体が1粒落ちてきた。小柄な男が言う通り、それは体長5cm程の焦げ茶色をしたバッタのようだった。
「これは俺の『蟲道』の能力さ」
マスクの男はそう言うと、床の上でもがいているバッタを躊躇なく踏みつけた。グチッと忌わしい音が鳴る。
拓人は眉をひそめ、その男を睨んだ。
コドウとは何だろう? バッタを操る能力なのだろうか? だが詳しく能力を聞こうと口を開きかけたその瞬間、突然アリーナの端から上条の関西弁が聞こえてきた。
「よっしゃあ! 開いたでぇ!!」
一瞬、何のことを言っているのかわからなくなっていたが、すぐに上条が閉まっている部屋の鍵を開けていることを思い出した。
「開いたか!」
拓人が振り返る。上条は丁度、引き戸に手を掛け扉を開けているところだった。
「あかん、ハズレや! 誰もおらんし、何もない!」
部屋の中は拓人の位置からも良く見えた。確かに誰もいないし、没収された荷物なども置いてはいないようだ。
「くそっ! 最後の希望がっ!!」
拓人がそう言った直後だった。部屋の中に首を突っ込んでいた上条がこちらに向かって「ちょっと待って!」と声を上げた。
「どうした?」
「部屋の様子が変なんや!」
「何?」
拓人は上条の元に急いで駆けつけた。
「見てみ、あれ」
上条が部屋の上部を指差す。拓人は上条を押しのけ部屋の中に身体をねじ込んだ。見ると、天井の端にある正方形の点検口がパックリと開いたままになっていた。
「やっぱりここに誰か居たってことか?」
拓人の言葉に上条は頷く。
「せやな。他におれへんし、閉じ込められてたんはみくるちゃんたちで間違いないやろ。けど不破はまだ氏家の持つ『鬼人』の能力使うてるみたいやから、まだ体育館からの脱出は出来てないんちゃうかな?」
そう言われ拓人は不破に目を向けた。遠くて薄らとしか見えないが、その額にはまだ2本の角が生えているようだ。
では、みくるたちはどこに行ったのだろうか?
訝しげに眉根を寄せると、何故か今度は足元の点検口がパカッと上に開いた。
「うおっ!!」開いたハッチで片足が持ち上がり、バランスを崩した拓人は派手に横転した。
床とハッチの隙間から、艶のあるアイスグリーンの髪の毛が見える。こんなおかしな髪色をしている人物は渋谷でも1人しかいない。ファンタジスタの代表、黄英哲だ。
「あんにょーん」
「えーっ!! 何してんの、黄くん!?」




