†chapter14 コロシアムの怪人14
体育館の中は風が渦巻き、舞い散る塵が視界を遮る。
拓人は腕で塵を防ぎつつ目を細め、宙を漂う不破を見上げた。こちらが能力を使えない以上、下に下りてこなければ戦闘にならない。亜種たちは皆、不破を見上げその動向を窺っている。
宙に浮く不破が顔を歪めている。沈んだ色の瞳が鋭さを増すと、今度は口と鼻が獣のようにせり出してきた。指先には皮膚を八つ裂きに出来そうな鋭い爪がギラリと現れ、何も着ていない上半身は白とアッシュグレイの体毛で覆われだした。
「『人狼』の能力も使い出しましたか……」と佐伯。
「人狼? ワーウルフか。誰の能力だ?」
拓人の質問に佐伯は答える。
「あれは私の能力です」
あれは佐伯の能力か。この男、大人しそうな顔をして随分凶暴な能力を持っている。
「しかし宙に浮いてるのはどういう理由なんだ?」
そう聞くと佐伯は横に視線を反らした。「それは……」
その先にいた逆月ツカサが声を上げた。
「私の『空中浮遊』勝手に使わないでよっ!!」
しかしそう叫んだのが運の尽きだった。高い位置から不破が逆月をギロリと見下ろす。一睨みで足がすくみ絶望すら感じてしまう。そんな目だ。
拓人は無意識に足が動いた。不破は宙を蹴ると、鋭い牙をむき出しにして逆月に強襲する。速い。だが、こちらの読みの方が僅かに勝っていた。
悲鳴も出せない逆月の目の前で、拓人の飛び膝蹴りが不破の横っ面にめり込む。注連縄のように頑丈な首がぐにゃりと曲がったが突進する勢いは治まらず、不破は攻撃した拓人と共に逆月の傍らに突っ込んで行った。ドーンと床が揺れる。
「いってぇ……」
不破の上に落ちた拓人はぶつけた左腕を押さえ反転して起き上がると、横の逆月に声を掛けた。「大丈夫か?」
「う、うん」
逆月は目に涙を浮かべ、小さく頷く。
不破が体勢を戻す前に、逆月の手を引きその場を離れる。ざわめきが聞こえたので一度だけ振り返ると、5、6人の亜種が倒れる不破に群がり袋叩きにしていた。恐ろしい連中。だが物理攻撃が通用するとも思えない。
拓人は逆月にここから遠ざかるように指示を出し、自分は不破の元に引き返した。通用しない攻撃でも時間を稼ぐことぐらいは出来るだろう。
しばらくの間、抵抗も無く暴行を受けていた不破だったが、気付くと取り囲む亜種たちの周りが黒い煙で覆われだした。
「やばいっ! 『闇雲』の能力だ!」誰かが叫ぶ。
煙を振り払い亜種たちが散って行く。良くわからないが拓人も同じくその場から離れた。
巨大な黒煙が不破の身体を包み込む。そしてその煙が晴れると、その中から血で濡れた不破が姿を現した。顔も体毛で覆われているため良くわからないが、酷く腫れているようだ。
「グルルルルルルルルゥ……」
不破は牙を食い縛り威嚇してくる。その間にも不破の傷は目に見えて回復していった。これは巡査の『異常代謝』の能力だ。
まいった。あの速度で回復されたら時間稼ぎにもならない。完全に回復される前に攻撃を仕掛けるべきか?
迷った拓人だったが、覚悟を決めると即座に床を駆けだした。正面の不破は縦に口を開くと激しく吠えた。
全身を覆うような突風が吹く。するとそれと同時に右腕に衝撃が走った。遅れて「ザンッ!!」という攻撃音が鳴ったのは、すでに不破が横を駆け抜けていった後だった。
右の袖がズタズタに切り裂かれている。そして焼けつくような痛みの後、服に赤い血が滲んだ。恐ろしい速度と殺傷力。これでは例え疾風の能力が使えたとしても勝ち目はないのではないだろうか?
振り返り、背後に移動している不破を見やる。丁度そこにいた巡査と雫が応戦している。ならば俺は背後から不意打ちを喰らわせてやる。
音も無く駆けていく。不破との距離は5メートル。拓人は腕を振りかぶったが、その時突然何かに激突してしまった。後ろに卒倒すると、目眩と共に目の前に星が浮かんだ。一瞬何が起きたのかも理解出来なかったが、すぐに先程使っていた『障壁』という能力だと思い至った。くそっ、あいつは後ろにも目があるのか!?
ちらつく星を振り払うように首を左右に動かすと、不意に目の前に影が差した。見上げるとそこには、ゆらゆらと横に揺れる不破が静かに立っていた。
これはまずい。しかし立ち上がろうとしたのだが、足に力が入らない。それが不破への恐怖からなのか、脳しんとうと起こしているからなのかはわからなかった。何でだよ、動け、動け! 動けずにいる拓人に対し、何故なのか不破もじっとその場を動こうとしなかった。
どういうことだ? 焦りながらも拓人は今一度見上げた。不破は口を半開きの状態で目を泳がせている。
「何だこれは? 何が起きてんだ……?」




