†chapter14 コロシアムの怪人13
「万策が尽きたわけじゃないって、どういうことだ?」
拓人の質問に、佐伯は眉尻を下げ困った表情を作る。
「まあ、可能性は低いのですが……」
佐伯はそう言いながら、殴りかかって来た不破の右腕を紙一重で避ける。攻撃を外した不破は、後ろから来た岸本と三浦に背中を蹴られ顔面を床に打ち付けた。
「先程あなたたちは、見当たらない仲間がいると言っていましたよね?」
佐伯は言う。確かに白い部屋から出た時にその話はしていた。
「ああ、佐藤みくるのことだな」
拓人自身、みくるがデーンシングに捕まったところを見たわけではないが、上条が一緒に捕まったと言っていたのだから多分今もどこかに捕らえられているのだろう。
「お聞きしますが、その佐藤みくるという人はもしかして『異形』ではないですか?」
「えっ!?」
確かにみくるは『オッドアイ』、いわゆる異形と呼ばれる人種だ。だがそれが一体どうかしたのだろうか?
「先程も言いましたが、捕まったはずなのにこの場にいない人物がもう1人いて、実はその人物も『メラニズム』という異形なんです」
佐伯がそう言うが、拓人にはメラニズムというのがわからない。
「メラニズム? なんだそりゃ。みくるはオッドアイだけど、それがどうかしたのか?」
「デーンシングは今でこそ麻薬組織として有名になりましたが、元々は人身売買を生業としてきた組織なんですよ」
「人身売買……?」
そう口にして拓人はハッと顔を上げた。
「そうか。異形を解放せんのは、他の亜種に比べて数倍から数十倍の値が付くからや。デーンシングはみくるちゃんを売るつもりなんか!?」
後ろで話を聞いていた上条が口を挟むと、佐伯は神妙な面持ちで振り返った。
「デーンシングは無傷のまま異形を売りに出したいのでしょう。上条さんの言う通りです。ただ、もしかすると彼らが解放されていない理由はそれだけではないのかもしれません」
「どういうことや?」
「異形は底知れぬ力を持っているものです。デーンシングの首領、チャオ・ヴォラギアットは不破の『結界』の能力を異形が上回ることを恐れ、それでどこかに閉じ込めているという可能性もあります」
佐伯は静かに不破を睨みつける。体育館の中に突風が縦横無尽に吹き荒れ、不破の身体から湧き出る黒い煙が竜巻のように舞い上がった。
「つまり異形の2人を解放すれば、不破の結界の能力を打ち破ることが出来るかもしれないと?」
拓人が聞くが、佐伯は頷かない。確かにそうだろう。みくるが解放されたからといって、不破を倒す手立てになるとは到底思えなかった。質問を変える。
「みくるの他に捕まってるもう1人の異形ってのは強い奴なのか?」
「はい。捕らえられている氏家氏は『瑠撞腑唖々』の頭を務める男です。彼は『鬼人』という強力な亜人系の能力を持っています。元プロボクサーなので基礎戦闘力もさることながら、能力が使えるなら渋谷でもトップクラスの強さと言えるでしょう」
佐伯の言葉を受け、拓人は不破に目を向ける。あの鬼のように変化した亜人系の能力は、その氏家という男の能力らしい。
「それなら、他に打つ手もないんだし2人を捜してみるか。不破がその氏家とかいう奴の鬼人の能力を奪ってるんだから、絶対にこの近くに捕らえられているはずだろ?」
「そうですね。実は1か所、怪しい所を見つけたんです」
そう言って佐伯は体育館の端を指差す。アリーナと客席を隔てる壁には、我々が閉じ込められていた幾つかの部屋が並んでいるのだが、その中に1つだけ扉が閉ざされた部屋が存在していた。そしてその部屋の前には何故か巡査と雫が座り込み、何か作業をしているようだった。
「あの2人、見ないと思ったらあそこにずっといたのか?」
「巡査も異形を解放することが不破を倒す唯一の可能性と気付いたのかもしれませんね。もしくは全く別の目的があるのか?」
佐伯は寝ぐせだらけの髪を手櫛でとかす。拓人と上条は互いに視線を合わせると、雫と巡査の元に走り出した。
「巡査っ! ここにみくるちゃんと氏家がおるんか?」駆けつけた上条が開口一番に聞いた。
「あ? 何だそれは。この中に誰かいるのか?」
振り返った巡査は赤ら顔で上条を睨むと、すぐに顔を戻し鍵穴に入れたヘアピンを動かす。ただ酔っているか手元がおぼつかない。
「この部屋の中にまだ捕らえられとる人がおるかもしれへんのや」
後ろからそう言うが、巡査は背中を向けたまま「ふーっ」と息を吐き出した。
「ずっとここにいるが、中から声なんて聞こえてこなかったがな」巡査は言う。彼の目的は異形の解放ではないようだ。
「じゃあ、巡査は何のためにここを開けようとしとるんや?」
上条がそう聞いたが、巡査は黙ったまま鍵穴をいじくっている。代わりに雫が答えた。
「デーンシングに取り上げられた荷物がこの部屋にあるんじゃないかと思ったの」
「荷物?」
雫が隠し持っていた特殊警棒を除いて、ここに捕らえられた亜種は恐らく全員所持品を没収されている状態だった。もしこの部屋にその荷物が隠されているのなら、携帯電話やスマートフォンなどの外部との連絡が取れる無線機が手に入るかもしれない。
「そうか、電話を回収して警察の応援を呼ぶんやな」
上条が言うと、巡査は「全然違う」と冷たくあしらった。
「警察とデーンシングが蜜月の関係なのはお前たちも知っているだろう。今回の件に関しても警察庁の上層部は事前に情報を入手しているはずだ。デーンシングに協力することはあっても、警察が我々を助けることはない」
同じ警察である巡査がそう言うのだから間違いないのかもしれない。事実、拓人は代々木公園に入ったところで警察官に襲われていた。
「ほんなら、何のためにここを開けようとしとるんや?」
「一々うるさい奴だな。我の拳銃を奪い返すためにだ。他に理由などない!」
能力が使えない歯がゆさと開かない鍵に対する焦燥感で、巡査の苛立ちはピークに達している。
「成程そういうわけやったんか。だったらその鍵、俺が暴いたるで」
上条の言葉を受け、巡査はその顔を見上げた。
「開けられるのか?」
「せやな。その仕事、俺にとっては簡単なことや」
上条の能力は『暴露』。その能力を使用すれば電子錠以外ならどんな鍵でもたちどころに開けてしまうのだ。まあ、能力が使えればの話なのだが。
「不破に能力が奪われた状態で開けられるのかよ」
拓人が聞くと、上条は得意気な顔で親指を立てた。
「当たり前や。普通の扉の鍵やったら能力なしでも感覚で覚えとる」
巡査は爬虫類のようにくすんだ目を上に向けると、鍵穴に挿していたヘアピンを上条に手渡した。
「確かにピッキングなら小悪党に頼んだ方がよさそうだな」
「相変わらず言ってくれるやんか。拳銃が回収出来たら礼の1つも言って貰うで」
巡査は立ち上がると、何かを決意したような迷いのない表情で不破を睨んだ。どういう訳か不破は宙に浮き上がっている。
「嘻嘻嘻。ここから生きて脱出出来るなら、礼ぐらいいくらでも言ってやる」
「言うたな。約束や!」
そう言うと上条は扉と向き合い、ヘアピンをそっと鍵穴に挿しこんだ。
「それじゃ、我たちはあの化け物を引きつける。鍵は頼んだぞっ!」
上条を残し拓人、雫、巡査の3人がアリーナに散った。現在不破は黒い煙を全身に纏い、粉塵を撒き散らしながら空中を漂っている。その姿はもはや人ではなく、神話で描かれる怪物のようだった。




