†chapter14 コロシアムの怪人11
不破がその巨大な体躯を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。そこにいる亜種たちは恐れをなし、1歩1歩その場から後ずさった。
倒す方法は見つからないが、このまま逃げていても埒が明かないだろう。拓人は不破が視線を外した一瞬の隙をつき、前に向かって力強く駆けだした。ワックスの効いたアリーナの床がキュッキュッと音を立てる。
不破がこちらに振り向いた。床の音に反応したようだが、拓人の方が僅かに速い。走ったその勢いのまま、不破の脇腹に拳を叩きこむ。だが筋肉の壁に阻まれ手応えはなかった。せめて疾風の能力が使えればその壁も打ち破れるのだが……。拓人が奥歯を噛みしめると、不破の右上腕二頭筋が躍動した。反撃がくる!
『ドーピング』の能力で筋力が増した右腕が風を巻き起こし襲いかかる。今の不破の攻撃は一撃でも喰らったら致命傷になりかねない。拓人は半身になり、辛うじて初撃を避けた。すると運よく不破の懐に潜り込んだ形になる。これはカウンターのチャンス。
「うらあああぁぁぁぁぁっ!!」
拓人は渾身の力で不破の腹部を殴りつけた。腹筋が一瞬だけ緩み拳が腹部に沈む。だがやはり、不破は顔色一つ変えやしない。そして自分の周りに旋風を巻き起こすと、風と共に右に回転し回し蹴りを放ってきた。
これは避け切れないと判断した拓人は、右腕で頭を守った。丸太のような不破の右足が正面に飛んでくる。ガードの上からでも不破のスネは容赦なく頬をえぐる。もはや人間の持つパワーではない。
更に追い打ちをかけるべく、不破が目を光らせる。これはまずい。痛みを押さえ急いでそこから飛び退くと、同時にB-SIDEの岸本と三浦が不破に向かって攻撃を仕掛けていった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
能力が奪われたことは承知していたが、改めて自分の能力を使われたことに拓人は失望を覚えた。岸本、三浦が不破と交戦している隙に拓人はそこから離脱する。
「大丈夫か、拓人?」近くにきた上条が言う。
「とりあえずな。けどこのままじゃ、やられるのは時間の問題だ。何で不破の奴は俺らの能力が使えるんだ?」
「あれは恐らくクスリの影響やな」
「クスリ? 何だそりゃ。『パッション』のことか?」拓人は先程上条が言っていた脱法ドラッグのことを思い出す。
「いや、そうやない。多分やけど不破は『ヘロイン+』を摂取させられとるんやと思う」
「ヘロイン+を……?」
その時、戦っていた三浦が不破の不可解な力によって飛ばされてきた。直線上にいた拓人が上条と2人でそれを受け止める。
「わりぃ」と三浦。拓人も目で大丈夫だと返答する。
「で、ヘロイン+が何だってんだよ?」
「前に琉王さんが言うてたやろ。ヘロイン+には亜種の能力を高める作用があるんやって」
そう言われると、今や連続殺人犯の容疑者になってしまった琉王の端正な顔が脳裏に過ぎった。
「そうか、そういうことか……」
その時、不破が風に乗って拓人に突っ込んできた。もはや風を読むことも操ることも出来ない拓人だったが、風に乗ることは身体が覚えていた。吹いてきた風に乗り大きく右に弾かれると、拓人は不破の攻撃範囲から外れていった。
「けど効果を高めるって言ったって、その場にいる全員の能力を奪うとかいくらなんでもチート過ぎるだろっ!」
拓人は離れた場所から上条に向かって叫ぶ。すると不破が、今度はその上条に向かって狙いを定めた。右腕を振りかぶり、強襲を仕掛ける。
正面で待ちうける上条は殴りかかる不破の右手を避けそれを両手で掴んだ。そして相手の力を借り手前に強く引くと、不破の巨体が浮き上がりそのまま投げ飛ばしてしまった。床に激突した不破は、勢いよくアリーナを滑る。
上条は起き上がり息を整える。
「ふぅ……。けどいくら不破でも、これだけの能力を使い続けるなんてさすがにでけへんやろ。持久戦に持ち込めば勝手に自滅するんちゃうか?」
自滅……? 確かに上条の言う通りかもしれない。20もの能力を同時に使えば体力と精神力の消費は尋常じゃないだろう。このまま逃げ回れば勝てる可能性は十分にあるのかもしれない。
「じゃあ、どうする。とにかく時間を稼げばいいか?」
拓人が言うと、突然横に現れた佐伯が口を挟んできた。
「それはどうでしょうかねぇ……」
「何か問題があるのか?」
「確かに不破征四郎の体力、精神力の消耗は計り知れないでしょう。ですが、この場には無限のスタミナを持つ『ダイナモ』の能力者、柿崎凛太郎もいれば、『異常代謝』を持つ巡査もいます。もしかすると、それらの能力を奪い取った今の彼にとって20の能力を操るということは実は容易いことなのかもしれません」
佐伯の言葉を聞き、拓人の呼吸が止まる。「マジか……?」
「懸念すべきはそれだけではないです」佐伯は更に言う。
「こ、これ以上何があるってんだ?」
拓人が聞くと、佐伯は言いにくそうに口を開いた。
「先程上条さんが言っていた不破征四郎が摂取したクスリによって能力の性能が高まっているという話が本当だとするなら、もしかするとその奪い取った20の能力すらも、クスリの影響で強化されている恐れがあるということです」
「なんだと……?」
アリーナの端で投げ飛ばされた不破が立ち上がる。その巨体の周りには黒い煙のようなものが沸き出していた。何の能力かはわからないが、それはまるで魔界の王が纏う邪悪なオーラのようにも見えた。
「それじゃ、やっぱり勝ち目はないってのか……」




