†chapter14 コロシアムの怪人09
開かれた扉から拓人は顔を出した。とてつもなく広い空間に思わず目が眩んだ。恐る恐る扉を出ると、まずは代々木体育館独特の吊り天井に目がいく。高く造られた中央部分から八の字に天井板が広がっている。明かりは灯っているが、アリーナにも座席にも人は誰もいないようだ。
視線を下に落とすとアリーナの壁面にある他の複数の扉も解放されていて、捕らわれていた人たちがそこからしずしずと顔を出している。とうとう、殺し合いが始まるのだろうか? 拓人は込み上げる武者震いを足元で押さえつけた。
「あっ、鄭さん!」後から出てきた雫が声を上げる。
見ると、向かいの部屋から不機嫌そうな顔の巡査が姿を現した。
「巡査、無事だったのか」
拓人が声を掛けると、巡査はゆっくりと近づいてきて上条と拓人の頭を立て続けに殴りつけた。
「いってぇっ!! 何だよ一体っ!!」
「何だよじゃない。我はお前たちに命を掛けて雫を守れといったはずだ。何で易々とデーンシングに捕まってるんだ?」
巡査は赤らんだ顔で紹興酒のボトルを呷った。珍しく酔っているようだ。
「易々とは捕まってねえよ! 大体、巡査だって捕まってんじゃねぇか!」
そう言うと巡査は更に不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「確かに我も不覚をとった。まさか大便中に……、まあそれはいい」
巡査は何か弁明しようとしたがそれをやめた。その間にも開け放たれた部屋からぞろぞろと捕まっていた渋谷の住人たちが出てくる。
「けど、みくるちゃんが見当たらんなぁ……」上条が不安げにそう漏らす。
アリーナには全部で20人程の人間が姿を現しているのだが、そこに佐藤みくるの姿はなかった。
「『瑠撞腑唖々(ルシュファー)』の頭、氏家氏も捕まっていると聞いていたのですが見当たらないですね。まだ解放されていない人たちもいるのでしょうか?」佐伯が言う。
「瑠撞腑唖々(ルシュファー)の氏家? そない大物も捕まっとるんか?」
「大物はそれだけじゃないですよ。『闘神』の統領、相楽清春に、『B-SIDE』の幹部、三浦蓮くん、『フラッグス』の特攻隊長、柿崎凛太郎なんかもいます」
佐伯は何人かの名前をあげたが、残念ながら拓人の知っている名はなかった。
「全員やばい連中なのか?」
「せやな。そうそうたる面子や。こんな状況でもなきゃ大喧嘩になっとるやろなぁ」
上条の息を呑む音が聞こえてきた。異常に広い空間に時が止まってしまったかのような張り詰めた空気が流れていたが、しばらくすると皆出口を探して体育館の中を徘徊しだした。だが間違いなく出口は全て塞がれているだろう。拓人たちは大人しくその場で待機した。
「あれ? よう見たら『冬将軍』までおるやん。この時期に珍しいな」
「冬将軍?」
拓人は上条の見ている方向に視線を移す。そこには先程まで部屋を共にしていた岸本と、サイズの大きいダボダボのカーゴパンツを履いた茶髪の男。それと何故かボーダーのパジャマを着た大柄の男が並んで立っている。
「あいつらは全員、B-SIDEか?」
拓人が聞くと、上条は頷いた。
「ああ。さっき佐伯が言うてた三浦いうのがあの茶髪の奴で、その隣におる寝巻着たアホみたいな奴が冬将軍の異名を持つB-SIDEの幹部、大関夏男や」
「なつお? 冬将軍なのに夏男なのか?」
「まあ、それはええやろ。とにかく強い奴なんや。肉弾戦やったら『帝王』鳴瀬光国より強いかもわからんで。まあ、冬に限定した話やけどな」
「冬季限定?」
なんだそれは? そんなチョコレート菓子やアルコール飲料みたいな能力があるのだろうか? 仮にあったとしても、まだ暑さの残るこの時期では能力を発揮することは出来ないだろう。
「あの冬将軍の能力はなぁ……」
上条がそう言いかけた矢先、突然天井と壁上部に設置されたスピーカーから大きな笑い声が聞こえてきた。
「ハハハハハハハハハッ! ご機嫌麗しゅう、渋谷の糞ガキども!!」
楕円形に広がったアリーナにどよめきが起こる。この独特の日本語のイントネーション。これは若獅子の声か?
「良いかガキども良く聞け。これからお前たちには闘鶏と言う名の殺し合いに参加して貰う」
スピーカーがそう告げる。やはり『Cachette』というレストランで話を聞いた通り、デーンシングはここ代々木で亜種同士の殺し合いを行うつもりのようだ。
「闘鶏のルールは簡単だ。亜種の能力を駆使して相手を殺す。本来ならただそれだけだ……」
若獅子は意味深な言葉を残す。本来ならというのは一体……?
静まり返るアリーナに再びスピーカーが鳴った。
「ここにいる全員でバトルロイヤルをしても良かったが、今日はそうしねえ。面白い亜種が手に入ったから、お前らにはそいつと殺し合いをして貰う。その中で最後まで殺されなかった奴が今回の勝者だ。特別に俺たちの仲間にしてやろう」
異常に緊迫した空気がアリーナを支配する。
「誰がてめえらの仲間なんかになるかよっ!!」その空気を打破するかのように誰かが叫んだ。
しかし若獅子の洗脳能力を使えば、有無を言わさず従う様になってしまうのだろう。拓人はブレインウォッシングの能力を受けた中島和三郎のことを思い出す。
だが若獅子からの返答はない。焦りと緊張感が漂う中、正面にある大きな扉が劇的な音を立てて開かれた。上半身をはだけた筋肉質の大男が姿を現す。
「誰だあいつは……?」
拓人の目に映るその男はガンメタリックの鎖を首に巻き、側頭部に蠍のバリアートを施している。見たことのない人物だ。
「拓人、あれが不破や」と上条。
「不破? あれが?」
そう、そこにいたのは他でもないスコーピオンの総長、不破征四郎であった。




