†chapter14 コロシアムの怪人04
「それじゃ、俺らもう行くよ」
拓人は氷塊の前で押し黙る竹村にそう挨拶すると、雫と共にシャワー室を出た。
デーンシングに喧嘩を売るなんて、確かに俺たちは馬鹿げたことをしているのかもしれない。だけどここは俺たちの街だ。警察に言っても無駄だとわかっている以上、街も仲間も自分たちで守るしかない。
「巡査も逆月ツカサも、それと拉致された他の亜種も絶対に助けるぞ」
乗り込んだエレベーターの中で拓人はそう誓う。横にいる雫が凛々しい顔で「うん」と頷くと、目の前の扉がガタガタと音を立てて開いた。
「ああー、痛い痛い! 何でこの病院は病人を診てくれないんだよぉ!」
1階に辿り着くと、来た時は閑散としていたロビーから大きな声が聞こえてきた。金髪と銀髪の中間くらいの灰色の髪色をした同世代くらいの男が、受付の女性事務員に対し情けない声で延々と文句を訴えている。
「……変な奴がいるな」
とにかく今は急いでいるためそのまま通り過ぎたかったのだが、何故かその男はじっとこちらに視線を送ってくる。
「ああ、丁度良かった。そこの天パー君、聞いてくれよ。俺ってめっちゃ片頭痛持ちなんだけど、ここの人でなしの医者は全然俺のこと治療してくれないんだよ……」
運悪く呼び止められてしまった拓人は、仕方なく足を止めた。男は確かに具合が悪いようで青白い顔をしており、目には薄ら涙を浮かべている。
「天パーって俺のことか?」
拓人は自分のくせ毛を触りながら聞いてみた。
「当たり前じゃん。お前の他にどこに天然パーマがいるんだっつうの」
このロビーには拓人と雫以外には、目の前の灰色の髪の男と受付の事務員しかいない。雫と事務員は2人とも黒いストレートヘアーだから天然パーマといえば消去法で拓人を指して言っていることになる。
とはいえ初対面の相手に天パー呼ばわりされるのは正直解せない。奴に俺の何がわかるというのだろうか? もしかしたら天然じゃないパーマかもしれないじゃないか。まあ、天パーなんだけど……。
「ごめん。俺ら急いでるから悪いけど帰るよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。薄情な男だなぁ。お前にも俺の辛さを味あわせてやるぞ」
男の言葉を無視してエントランスに向かっていると、強い耳鳴りと共に脳を掴まれるような衝撃が後頭部に走った。
「うわっ、痛っ! 何だこれ!?」
不快な顔で痛がる拓人を見て、男は引きつった笑みを浮かべた。
「どうだ。これが『ヘッドクエイク』の能力だ。俺は高頻度で起こる片頭痛と引き換えに、意図的に他人を頭痛にすることが出来るんだよ」
「へ、ヘッドクエイク? 何だそれっ!?」
頭の痛みで吐き気を催した拓人が口元を押さえる。
「わかったのならお前もこの痛みを思い知れ! そして俺に同情しろっ!」
「ちょっと止めなさい!」
痺れを切らした雫がヘッドクエイクの能力をコピーし、男に向かって念を送った。
「痛たたたっ! 何だこれ!? ちょ、ちょっと待てっ!」
男はその場に跪くと、床に向かって思い切り吐瀉物をぶちまけた。
「あなた『スコーピオン』の、蛭川英二ね。私たちの邪魔するなら手加減しないわよ」
「いってぇえ! お前もしかして『黒髪』か? 止めてくれぇー! オエーッ!!」
蛭川は再び嘔吐する。受付の女性の左眉がヒクヒクと痙攣している。
「お前、俺はただでさえ片頭痛持ちだっつうのに、これじゃ痛みの二重奏じゃねえか!」
青白かった蛭川の顔が真っ青になっている。だがおかげでこちらの頭の痛みはどこかに消え去ったようだ。
「こいつスコーピオンなのか?」
拓人はまだ違和感の残る後頭部を触りながら、蛭川に目を向ける。長袖シャツのインナーの上に半袖シャツの重ね着しているのだが、良く見ると半袖シャツにスコーピオンのトレードマークである返り血のような赤い斑点がついていた。
「お、俺のことを知っているのか? わかった。ごめん! そ、そうだ。今渋谷でデーンシングがでかい面してるだろ? あいつらに関するとっておきの情報を教えてやる。だからヘッドクエイクはもうやめてくれっ!」
「情報?」
そう言って雫が手を下ろすと、苦しんでいた蛭川が急に静かになった。嘔吐するほどの激しい頭痛から解放されたようだ。
「はぁ、はぁ、助かった。マジで頭が真っ二つに割れて死ぬかと思った……。ヘッドクエイク、マジでやべえ」
床に這いつくばりながらも、蛭川はさりげなく自分の能力を称賛した。
「で、何だそのとっておきの情報って?」
拓人が聞くと蛭川は憎らしげに顔を上げた。
「黒髪と一緒にいるってことは、お前もスターダストのメンバーか?」
「俺? まあ、そうだけど」
蛭川は拓人のことを知らないようだ。スコーピオンの溜まり場だったところを襲撃し、当時幹部候補だった犬塚に火傷を負わせた身としては当然知らないでいてくれた方が都合は良かった。
「スターダストとは因縁があるってうちのメンバーが言ってたけど……」
蛭川にそう言われ、拓人ははっと息を呑んだ。
「悪いけど私たち凄く急いでるの。何かあるなら早くしてくれる?」雫はそう言って蛭川に右手をかざした。
「ごめん、悪かった。だからもうヘッドクエイクはやめてくれ! 今はうちも大変だからよそのチームと争うつもりはないって!」蛭川はオーバーアクション気味に後ずさる。
「不破がデーンシングに捕まっちまったからな」
拓人の言葉に蛭川が反応する。
「そうだよ。それだよ。それ! 聞いて驚くな。実はデーンシングの奴らなぁ、渋谷で亜種狩りとかいう鬼畜なことしてるっつう話しなんだ」
「知ってるよ。代々木にアジトがあってそこに渋谷中の亜種が集められてるんだろ?」
拓人が無感情にそう返すと、蛭川は「えっ!?」と声を上げた。
「代々木!? それホントか? すげー、良いこと聞いた!」
「何で俺らじゃなくて、お前がとっておきの情報入手してんの? そもそもこっちは今から代々木に向かうとこなんだよ」
そう言われると蛭川は急に真顔になった。
「今から行く!? デーンシングのアジトに? ホワイッ!?」
「そんなの簡単だ。知り合いがデーンシングに拉致されたから、それを奪い返しに行くんだよ!」
「ガーン!!」蛭川は衝撃を受けたついでに自分自身で効果音を付け足した。
「天パー君、あんた男前だな。俺は目から鱗が落ちたよ」蛭川はそう言うと、嘔吐物を踏みつけ勢いよく立ち上がった。
「お前ら多分敵なんだろうけど気にいった! まだ少し頭痛いけどそのカチコミ、この蛭川英二も付き合わせてくれ!」




