九日目 動く魔蛇と報復
前半はエルフィア視点、後半はカイ視点でお送りします。
そろそろ次の場所に行きましょうかね。打って変わって南とか。
界境での争いも、此れが終われば暫くないかな……。
雑魚共の五月蠅い声を聞き流しながら、私は兄さんの後姿を見つめました。
……あぁ、何時見ても、カッコよすぎです……兄さん。
今すぐギュッと抱きしめて、私の全てを捧げ尽くしたい……そんな衝動を堪え、私は横で直立不動の姿勢を取っている妹に話しかけました。
「殺れますか?」
「勿論……でも、兄上は其れを望まない」
わかってますよ。
相も変わらず、可愛げもない雑魚ですね。碌に兄さんに捧げ尽くすこともできない欠陥品の分際で。
脳筋は脳筋らしく、黙って兄さんに跪いていればいいんです。そして私は、そんな兄さんの頭脳として、右腕として、厭らしくも兄さんのお隣に立てる存在となる……目下のところ、其れが目標です。
シラウは身分を隠して軍に在籍していた時、諜報部隊――――暗部に属していました。そのためもあってか、暗殺は彼女の得意分野です。まぁ、私でも、雑魚共を暗殺するなど簡単にできますけど、私は自身の手が雑魚の血で汚れるなんて、出来れば遠慮したいところです。私の身体は、兄さんに奉仕するためにあるのですから。
だから、駒を使います。
まぁ、勿論、兄さんのためなら何兆人でも殺しますけどね。
「では、艦隊を動かしますか」
「……いいの?」
「演習ですよ、唯の」
念のために、用意しておいて正解でしたね。
全ては、事前の準備がものを言います。それができるかできないかで、有能と無能の区別がつく。
兄さんがお出かけになるのなら、あらゆる事態に備えて千の準備をする。ましてや、界境線付近に御視察に行かれるなど、万の準備でも到底足りません。
私は、自分の力に過信などしない。所詮、私は兄さんの下に這い蹲ることでしか、生きていけない存在なのですから。
……あぁ、兄さん……。兄さん、兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さぁん…………。
今から、雑魚共にちょっとお灸をすえさせますから。私、頑張って我慢しますから。本当は殴って打って飛ばして捩って捻って抉って穿って千切って斬って刻んでおろして捌いて混ぜて潰して焼いて撒いてやりたいんですけど、ちゃんと堪えますから。
兄さんの御望み通り、殺したり、傷付けたりしませんから。
だから、怒らないでくださいね?
…………れっきとした、報復なのですから。
――――と。私は兄さんたちがいる部屋を出て、兵に用意させた個室に入りました。
狭い部屋ですが、寝るだけの部屋です。文句もありません。
「――――リュミネ」
「ハッ――――」
呟くと、部屋の片隅に女が転移してきました。
私と同じ“魔蛇種”ですが、蛇体は淡白な水色で、何処か水気があります。
“魔蛇種”の希少種である、“水蛇”。基本が陸上生活なので、“水魔種”とはまた違います。
そして、上半身には王室護衛隊の軍服に腕章。
私の専属の護衛隊のリーダーでもある、そこそこ使える駒です。
「イアナ海の例の艦隊に命令を。偵察及び対地攻撃演習を実施させなさい」
「……宜しいのですか? 界境線でのこのような行為は、ともすれば国際問題に――――」
雑魚が最後まで言い切る前に、尻尾を振って口を閉ざさせる――――この莫迦な蛇の頬に尻尾が炸裂し、吹き飛び、汚らしい体液と悲鳴が飛び散りました。
まったく、兄さん以外の声など、聞くに堪えない。
「ガッ――――」
部屋の補強をし、消音魔法も同時にかける。そして、珈琲を飲みながら、尻尾を倒れた雑魚に叩き付けました。さらに二、三回叩きつけておきます。
面倒くさいですね。イチイチ、大陸どころか部屋すら壊れない程度に手加減している私の身にもなってほしいものです。
「黙れ。貴女に、口答えする権利など無い」
「――――失礼、しました……」
大体、界境線に謎の車両一団が向かってきている時点で、国際問題も何もあったものではありません。向こうの挑発、いや、宣戦布告とも取れる行為です。
何処の国の差し金かはしりませんが、幾つかの国が結託していることは確かでしょう。ヤシマは当然除いて、界境線を接していて、反魔界的な国――――中心となっているのは、帝政エルビトアでしょうね。あとは、フィデナルスク公国くらいでしょうか。
そもそも、兄さんに逆らう者は例外なく死刑です。
「失せろ」
そういうと、漸く気配が消えました。煩わしいですね。
用意しておいたタオルで丁寧に尻尾を拭き、部屋に飛び散った悪臭を放つ血を掃除して、私はそのままベッドに倒れ込みました。
……少し、考える時間がほしい。
今すぐ兄さんに御顔を見たい気持ちを無理矢理押し殺し、私は兄さんの事を考えたくてたまらない頭を振り、強引にリセットさせました。
「――――――――界境線に、友軍の飛行艇編隊が向かっている?」
その連絡を聞いて、僕は首を傾げた。
「何処のからだ?」
「確認したところ、イアナ海を航行中の第五艦隊からと思われます」
――――――エルフィアか……。まったく、あいつは抜け目がないというか……コレで性格がアレじゃなければ、僕なんかよりも余程政治家に向いているんだろうなぁ……。
彼女が魔王になれば……即座に、魔界を滅ぼすだろう。姉妹の中でも、エルフィアの魔界嫌い,そして世界・他人嫌いは群を抜いている。
「第五艦隊の航空戦力は?」
そう聞くと、ファドゥーツ卿は手元の資料をパラパラとめくり、灰色の瞳を細めた。
「本来は北方海域担当の方面艦隊なのですが……二週間前より、本国艦隊より増援を受けているようです。何でも、界境線防衛のための対地攻撃訓練のようで……。
新鋭の飛行艇母艦が二隻…………新たに配備されたようです。一隻につき、攻撃型飛行艇を三機搭載しております」
……エルフィアめ……僕が、此処に視察に行く、と言いだす事を予期していたな……。
報告書は定期的に魔王城に届く。其れを僕が確認した後、視察準備をすることなど、あの聡明すぎる彼女には分かりきっていたに違いない。そして、軍部に手をまわして艦隊を動かしていたのだろう。
恐らくは、彼女が合図を出せば、直ぐに飛ばせる体制を整えていたに違いない。
……ホントに、優秀すぎるほど優秀だ。
攻撃型飛行艇は、軍用飛行艇の一種だ。対地・対艦攻撃――――簡単に言うと、爆撃用の飛行艇で、母艦に搭載することも可能だと聞いていた。
駆逐型飛行艇と多くの部品を共有しており、仕様も見た目も似たり寄ったりとなっている。此れは、部品の供給・整備・補給態勢を楽にするためと、コストの削減を図るためだ。
量産が軌道に乗っていることから判断するに、その目論見は今のところは成功しているらしい。
「その飛行艇は、車両団を攻撃する気か?」
「それはないかと思われます。間に合いようもありませんから」
「――――ふむ」
卿の言うことは正解だと思う。件の車両は、“串刺し森”に入ろうとした瞬間、ヒノとアルムが一斉に攻撃を仕掛けるつもりらしかった。
走査魔法の結果、連中が魔法で操られており、しかも車両には大量の爆弾が詰まれていることが明らかになったからだ。
こうなった以上、気は進まないけど、そうするしかない。
車両団が亡命を希望する“脱界者”(人間界から脱出し、魔界に入界しようとする者。年々、僅かながら存在している)なら、まだやりようはあったのだけれど。
しかし、界境警備隊の仕事を掻っ攫うようなことになってしまうなぁ。
……それにしても、タイミングが合いすぎている気がする。
「ファドゥーツ卿……此の度の視察の件、人間界に洩れているのだろうか?」
「別段、秘匿していたわけでもありませんから、可能性は高いですが……車両・人員確保を考えますと、唯の偶然と考えるべきかと」
「うむ……」
卿の言う通り、僕は今回の視察旅を徹底して秘匿するつもりもなかった。王が部下を伴っての視察など、別段珍しくもないし、行く場所が戦略的に秘匿されている重要施設、というわけでもない。
寧ろ、メディアを通じて僕たち魔王一行の動向は(ぼかしているとはいえ)国民に知らされているはずだ。
人間界側のスパイがいれば、そこら辺に在る新聞屋に行けば容易にその情報が手に入るだろう。
でも、此れも当然だけど、僕らのスケジュールが逐一メディアを通じて流れているわけもない。
そんなことを考えていると、ファドゥーツ卿の横にいた通信用魔石を装備した兵士が二、三度小声で通信用魔石に向かって呟くと、直ぐにメモをとって卿に渡した。
それを受け取り、ファドゥーツ卿は緊張を孕んだ声で報告してきた。
「……例の車両が、暫定的界境線を越境しました。同時に、ヒノ様とアルム様が迎撃、殲滅したそうです。
また、偵察用かと思われる飛行船を確認しましたので、界境警備隊高射砲連隊が警告威嚇射撃を実施しました。しかし、怪船は進路を変えず、魔界領空に侵入したため同部隊が対空攻撃を実施、撃墜しました。
怪船には、フィデナルスク公国の国章が確認できました」
「――――そうか。界境警備隊に連絡、フィデナルスク公国と界境を接する方面の重砲陣地は、人間界側界境線ラインに実弾砲撃を実施せよ。直接当てるな、地面を抉れ。
それと外務省に連絡、厳重に抗議させよ」
「御意――――」
そこまで言ったファドゥーツ卿に、兵士が追加のメモを渡す。
「第五艦隊から発進した攻撃型飛行艇四機が、フィデナルスク公国及び帝政エルビトア界境線付近に爆撃を敢行しました。
編隊はその後進路を変え、母艦に引き上げたと思われます」
「……エルフィア…………あいつ、帝政エルビトアが一枚噛んでいると確信しているな!
まぁ、それは同感だが……」
人間界最大で、もっとも軍事力も高いあの国の容認無しでは、人間界諸国は勝手な行動を取らないだろう。
大体、帝政エルビトアとフィデナルスク公国は隣国同士。しかも車両団は、両国の境目を渡ってきている。
挑発する気満々のようだ。
「……まぁ、後は外務省の手腕次第だな……。外務卿には苦労をかけそうだ」
不思議なことに、軍人よりも外交官の方がタガが外れると好戦的になる。
当然か。
軍人の場合、戦争が起これば、真っ先に戦場送りになるのは彼ら軍人だ。口では非戦的な言葉を吐かないものの、内心では戦争など歓迎していないことはよくわかる道理だった。
次で、ネメア大陸視察編は終了予定。
その後は別の場所で兄妹仲良くやってきます。
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