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その女騎士は敵国の将軍に忠誠を誓う  作者: ユタニ


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56/56

56.見た目から入る恋 〜ファビウス〜


「わざわざごめんなさいね」

しっとりした落ち着いた声がファビウスの耳をくすぐり、そういえば初対面でもこのように謝られたなと思い出した。


ファビウスは近衛騎士になってすぐに当時王妃だったルイーゼ付きを命じられた。そして挨拶もそこそこに出席した夜会で国王に無視されたルイーゼをエスコートしたのだ。

ルイーゼは「ごめんなさい、迷惑をかけますね」と囁いた。


その囁きにファビウスは驚く。

ルイーゼの声色はファビウスに縋るものではなく、労うものだったからだ。


王妃であるルイーゼのことはもちろん知っていた。

国王に蔑ろにされ、仕事だけ振られている王妃。しかも会議での決定権はない。

遠目で見ていたルイーゼは小さく寂しげだった。ファビウスはルイーゼに同情していたし、夜会では微力ながらも彼女を周囲の不躾な視線から守ろうとも思っていた。


だが、ルイーゼの方はファビウスを頼ろうともしていなかった。

その後の夜会では国王を取り巻く貴族達からの嘲りや憐れみに晒されながらも強く前を向いていて、己のわずかな社交を丁寧に繋いだ。

夜会中もルイーゼはファビウスの助けは一切必要としておらず、淡々と一人で現状を受け入れ、隣のファビウスを気遣う余裕すらあった。


自分はとんだ勘違い野郎だったのだとファビウスは気付く。

ルイーゼは強い女性だった。

強さとは肉体的なものだけではないのだとファビウスは知ったのである。


もちろん、これ以前にも茶会や夜会で出会った令嬢達の中に凛とした佇まいの女性もいたし、好感を持つことはあったが、ここまで打ちのめされたのは初めてだった。


ファビウスは簡単に恋に落ちる。

だが相手は王妃である。焦がれてどうなるものでもないし、自分の想いはルイーゼの足元をすくうかもしれない。ルイーゼに全くその気がなくても、ファビウスの想いだけで恋の醜聞にされてしまう畏れがあるからだ。あの国王なら平気でその噂を流すだろう。


なので二度目の恋については、ファビウスは落ちた瞬間に自分で終わらせた。それ以来ルイーゼには純粋に敬愛のみを向けている。

サンズ国との戦争に負け、ルイーゼが前国王と離縁した時もそれは揺るがなかった。サンズの第三王子であったライアンがルイーゼに興味を示しだした時はさすがにイラッとはしたが、ライアンが本気だと知ってからはむしろ二人が上手くいけはいいとも思った。

ファビウスの恋はきちんと敬愛に昇華されていたのだ。


その後、ルイーゼは女王となり生き生きと輝いている。

現在に至るまで、ファビウスの恋心は誰にも漏れていない。ルイーゼ付きの勘のいいベテラン侍女シルビアにも気づかれなかったのだから、我ながら大したものだと思う。

そうしてファビウスはルイーゼからの揺るぎない信頼を勝ち取っているのだ。

騎士としてこれ以上のことはない。


「ルーナの麗しい太陽に挨拶申し上げます」

ファビウスは敬愛する女王に騎士の礼を執った。

堅苦しい礼にルイーゼが眉を下げて微笑む。部屋に控えていた侍女のシルビアはファビウスの態度に満足そうだ。


簡単な挨拶を交わした後、ルイーゼは本題に入った。

「来月、サンズ国へ赴きます。主要なメンバーは私と王配殿下、ランカスター団長とネザーランド団長。サーラ団長には留守の間のことをお願いしたいと思っています」

「心得ました」

そのことはあらかじめ、騎士団総帥のルミナスから聞いている。ルミナスには自分も留守番なのだと残念そうに愚痴られたりもした。


「二ヶ月ほどかかる予定です。負担をかけますがよろしくお願いしますね」

「お任せください」

柔らかな笑顔で請け負い、ファビウスはシルビアへと顔を向ける。


「シルビアさんもサンズへ行かれるのですか?」

「もちろん、陛下にお供します」

誇らしげに答える熟練の侍女。


「それは寂しくなりますね」

こちらには甘い笑顔でそう言うとシルビアは「いつもお上手ですね」ところころと笑った。


「ところで、最近のダニエル王子はどんな様子ですか?」

一通り、外遊の日程や留守の間の指令系統について話した後、ルイーゼはそう聞いてきた。

ダニエルとは前国王と側室の間にできた王子である。

サンズとの戦争で敗色が濃くなり、前国王が側妃を連れて城から逃げた時に城に置いていかれた王子。

当時十歳だったダニエルは十二歳になっていた。


「夜も眠れるようになり、落ち着いて過ごしておられます」

「よかった。私ではあまり構ってあげられないので、引き続きよろしくお願いしますね」

ほっとした笑みを浮かべてルイーゼはこう続けた。


「サーラ団長には、気を遣うことを任せてしまって申しわけないと思っています」

父と母に捨てられ、敗戦国の王族の血を引いているダニエルの立場は非常に微妙だ。


また、ダニエル本人も当初はかなり不安定だった。

側妃は息子を愛していて、一緒に逃げるよりは残った方が生きるチャンスがあるからとダニエルを置いていった。実際に前国王と側妃は逃げた先で殺されている。

だが、それでも母に置いていかれた上にその母を失った少年の心の傷は深かったのだ。


ファビウスは元々、ダニエルが自分に懐いていたこともあってルーナが敗けてからは何かと気にはかけている。ルイーゼもそのことを知っていてこうして時々様子を聞いてくる。


「殿下は陛下が付けてくれた侍女達にも懐いておられます。一番の功労者は彼女達ですよ」

「その侍女達から、サーラ団長とネザーランド団長が時々殿下を訪れていると聞いています。剣の手ほどきもされているのでしょう?」

畳み掛けられてファビウスは苦笑した。ルイーゼは細かいところまで把握している。

なんだかんだで一番ダニエルを思っているのはルイーゼではないかとも思う。


ダニエルからの複雑な気持ちを配慮して直接関わることはないが、いつも気にかけているのだ。

ルイーゼから礼を言われ、曖昧な笑みを返してファビウスは執務室を辞した。



ルイーゼの執務室出て、騎士団へと向かっていると向こうから長身の女騎士が歩いてくるのが見えた。

背が高いので遠目でも目立つ。身長はファビウスと同じくらいかぎりぎりファビウスが高いくらいだろう。長いポニーテールが揺れている。


(やっぱり好みなんだよなあ)

ファビウスは前方の第一団副団長のシア・バトラーを見つめながらそう思った。

シアはファビウスの久しぶりの気になる相手なのだ。


シアとの初対面はリンを置いて向かった辺境の城で、最初の印象に妙に記憶に残る女だなくらいのものだった。

記憶に残ったのは見た目がドンピシャ好みだったからなのだが、その時のファビウスは色恋どころではなかったのでそうと分からなかったのだ。 


ルーナの王都に戻り、リンの無事を確認した後でファビウスやっとそれに気付いた。

シア・バトラーの外見が好みなのだと。


昔から女は大きいものだと刷り込まれて育ったせいか、ぱっと見で惹かれるのはかなり大柄な女が多い。

初恋も二度目の恋も、外見なんて関係ないと思えるほどに唐突で激しく始まったので過去に恋した二人はそんなこともないのだが、軽く付き合う相手はいつもかなり長身の女だった。


リンからは「マザコンかよ」と呆れられていたが、母は関係ない。いや、関係はあるが母に限らず幼いファビウスの周りにいた女性は全員大柄だったのだ。母だけのせいではない。刷り込みのせいだ。

そしてシアは充分に長身である。胸が豊かなのも好みだった。


(いいな)

そう思ったが此度の恋も多難だった。シアの方は最初からファビウスに興味はないようで、それどころかしっかりと嫌われてたのだ。

上司のイーサンに似て真面目な彼女はファビウスの軽薄な様子を嫌悪していて、警戒され避けられているのが分かった。


ファビウスの方はといえば、シアと話すほどにその硬くてさっぱりした人柄に少しずつ惹かれていたが、言い寄る隙がない。

年下、というのもどうやって口説くのかに迷った。

これまでは恋したのも付き合ったのも皆年上だったのである。


仕方ないので仕事やただの世間話を中心にちょこちょこと接点を増やした。

態度は必要以上に甘くしないようにして、根気よく話しかけるとシアは普通に対応してくれるようになった。


その後、剣術大会では二戦目で当たることになる。これはやりにくいことこの上なかったが、手加減したら絶対に嫌われると思ったので本気でやって勝った。シアは意外だというように瞳を揺らし、すぐに清々しい笑顔で「さすがに強いんですね、参りました」と言った。


舞踏会ではリンが自らは薬を吸いながら怪しげな取引場所を聞き出した時、現場にシアが向かったと聞いて近衛から応援も送った。

現場の警備担当として当然の行いだったが、少しの下心はあった。これには後日、シアからきちんとした礼をされた。


そんな風にして少しずつ距離を縮めた。

そしてリンとイーサンが結婚した時、シアに聞かれたのだ。

「あなたは大丈夫なのですか?」と。


ファビウスはリンと恋人だと噂されているのはもちろん知っていたし否定もしていないので、質問の意味は分かった。

分かってから驚く。シアに自分の気持ちを心配されるのは予想外だったのだ。


(心配するくらいの好意はある、ということだよな?)

シアからすれば、尊敬する上司と憧れのの女騎士の結婚にファビウスは邪魔なだけのはずだ。以前のシアならこういう気遣いはしなかっただろう。


ファビウスは思いの外嬉しく感じながら、笑って噂は誤解だと告げた。あれはリンの後ろ盾となるために放っておいたものだと。


シアは「そうですか」と呟き、この辺りからファビウスへの見る目が変わったようだ。

男としてどうこうではないが、最近は信頼すべき騎士として見られているように思う。


現に今、こちらに近付いてくる彼女は穏やかな笑顔で「サーラ団長」と呼びかけてくる。


「こんにちは、バトラー副団長」

ファビウスはにこやかに笑顔を返しながら、そろそろ食事くらいには誘ってもいいかもしれないと思った。







お読みいただきありがとうございます。

前回更新より一年ちょっと空いてしまっています。早めにさらっと書くつもりだったのにずるずる時間が経ってしまった。

お話、忘れてますよね汗 すみません。作者ですら読み返してから書きました。面白かった笑


そしてこの作品はこちらで完結としております。

ブクマに評価、いいね、感想、誤字報告、本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
たのしみにしていた更新がファビウスのお話でとっても楽しかったです!2人の進展も気になりますし、リンがサンズに行く話も気になりますね〜!!!!
ファビウスの恋が今度こそ上手くいきますように!(๑•̀ㅂ•́)و✧
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