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英雄魔道士


 超越分身(トランスゲンガー)の魔法書――


 それは突如として消えた英雄魔道士。《マーリン・サイン》の遺物。


 そして彼女は生前、こう言い残した。


 ――魔法とは、穢れ無き聖水にもなりゆるが、時が経てば汚水に変わる――


 と。


 時が経つというのは上級魔道士になるということ。

 事実、上に立ったものは人格を変え、その便利な魔法を悪用し続ける。

 だから彼女は捨てた。


 己の魔法書(みぎうで)を――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「この手帳に載ってるの……魔法、か?」


 未だに土がパラパラと降ってくる四階層で、手帳にしては少し大きい革製のそれを捲る俺は、一ページ目だけに記されている文字を見つめる。


「ヒール……ファイア……アイス……ん、ヒール!?」


 カタカナで書かれた魔法らしき名前を読み上げた俺は、現実世界で聞き覚えのある魔法に歓喜する。


「ヒールって回復魔法だよな! 神かよっ!」


 ヒールを覚えればミルクを助けられるかもしれない! と表情が一気に晴れる。

 ヒールという文字の前に下級回復魔法とも記されているが、無いよりはきっとマシな筈だ。


 僅かに射し込む好機の光――


 俺はすぐに魔法名の下に記された詠唱らしきものに目を通し、早速試してみようと口を開く、


 が。


「――遠くに聞こえる妖精の囁き、海に滴り落ちる雫と共に、己の願いをここここここここ! うん、無理っ!! 読めませんっ!」


 下級回復魔法の癖して詠唱が、国語の授業で当てられたら涙を流してしまうくらい長かった――

 そんなくそ魔法にちきしょう! と地団駄を踏んだ俺は、ぐったりとしたミルクを再度見て唇を噛む。

 左肩の傷口が開いてしまったのか、またダラダラと血が流れ始めている……。それによく見ると、ミルクが纏う布は所々焼け焦げ、瑞々しいお腹と弓を持っていた左腕が爛れてしまっていた――


「あいつのせいか……」


 四階層(ここ)に来てしまった全ての元凶。


 【オイルースライム】。


 ミルクは爆発に巻き込まれる前に、そう名を口にしていた。

 あいつが現れなければ……と願っても変わらない過去に歯痒さを覚えながら、二度と忘れねぇゴミスライム! と、灰へと姿を変えたであろう【オイルースライム】に対し固く拳を握る。


「次会ったらぶっ殺す……。その前にミルクを助けねぇとな、殺すならミルクと一緒にだ」


 そう言ってやっぱりこの魔法しか頼れるものがねぇ、と手帳を見いった俺は再度熟読を開始する。

 正直言ってこの手帳の正体も分からないし、これで本当に魔法が使えるのかも分からない……。

 さっさと細道(ロード)を抜けて、助けを求めるべきなのかもしれないが、長距離、いや、短距離ですら移動に自信が無い俺にはこれしか残っていない。


 それに。


 俺は実際に魔法を使える――


 それは紛れもない事実。魔法発動に使うであろう魔力と言うやつも、少なからずあるという証明になる。俺はいつまた心が折れてしまうか分からない自分を落ち着かせるように自己暗示をかけ、乾いた唾を飲みながら再度詠唱に取り掛かる。


「大丈夫だ集中しろ! ――遠くに聞こえる妖精の……」


 一ページ目以外白紙の、三日坊主の絵日記みたいな手帳を両手でしっかりと目元まで掲げる俺は、大丈夫だと随時自己暗示をかけながら詠唱を進める。


「――癒しをその体に願いたまおう……」


 行ける。

 残りは最後の一節。

 それを言いきれば俺の魔法に――


「――宙に注意して治癒ちゆちゅちゅちゅちゅクソがァァァァァッッッ!!!」

 

 ミスった。


 最後の最後でめちゃめちゃ難い詠唱だった。


「なんだこの詠唱! 舐めてんのかッッッ!」


 憤怒と共に反射的に手帳を地面に叩きつけた俺は、クソがッ! と悪態を付き続ける。


 その直後だった。


 ピコン――


 と。


 あの声が脳裏に響いた――




《上級回復魔法キズキスヒールを覚えました――》




 なんか知らない魔法覚えたんだが……?



 

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